7月31日 その⑦
──あ。
目が覚めた。
智恵はどこにいるだろうか。記憶が鮮明じゃない。
俺はボーッと周りを見て置かれている状況を探る。
知っている天井。ダルい体。蒸し暑い布団。
「栄」
俺の顔を覗き込むようにして見るのは、稜。
安堵したような顔をしている。どうやら、心配をかけたようだった。
「──稜。智恵は……?」
「寝起き一発目から智恵の心配かよ。ずっと待ってた俺が馬鹿みたいだよ」
稜はそう口にしながら嬉しそうに笑うと、後ろを向いて「おーい!栄が目を覚ました!」と大きな声で皆を呼ぶ。
──ここは、保健室。
もう既に見慣れてしまっている天井と布団の感覚から、そう理解していた。
前後の記憶があやふやなのだが、何をしていたのだろうか。
確か、七不思議其ノ参に参加して、鏡の世界に行って──
「──歌穂が!」
俺がガバリと起き上がったから、稜と頭をぶつけそうになる。稜が咄嗟に身を引いてくれたから、ぶつかることはなかった。
「うおお、びっくりした。急に起き上がると体に悪いよ」
稜がそう声を上げるけど、それを気にしている余裕はない。
「歌穂が虎になった!後、袁──あ、えっと俺達を鏡の世界に案内してくれた人も!だから──」
俺が布団から出ようとした時、隣のベッドに見えたのは眠っている愛香の姿。その体には、包帯が巻かれているのが確認できた。
「──あ……いか……?」
一種のトラウマとも呼べる過去が呼び起こされる。第4ゲームの途中で、マスコット先生の大群にやられてしばらく意識を失っていたことを思い出す。当時は、俺がキスをして目を覚まさせることに成功したが──、
そんなことを考えていると、愛香のその瞼はゆっくりと開かれる。彼女の宝石のような瞳が顕現して、俺を捉えた。
「目覚めた直後から次から次に女の名前を呼んで喧しいぞ。女誑しめ」
「誑してるつもりはないし、俺を女誑したらしめる何かがあったら教えて欲しいね」
「智恵という恋人がありながら、妾にキスをした浮気男は貴様だぞ」
愛香が俺の脳を過ったトラウマを的確に指摘するから、俺は黙り込む。助けなくてもよかったんだぞ、とは言わない。今回、助けたくれたのは愛香だ。
「──それで、栄はもう立てるのか?」
「どうだろう……」
俺の体には鈍い痛みがまだ残っているような気がするけれども、動くのに支障はなさそうだった。きっと、動いている方が早く痛みと引くだろう。
俺は、布団から這い出て立って見る。だるさはあるけれど、問題はない。
「──いけそうだな。愛香はの方はどうなんだ?」
「妾も問題はなさそうだ。マス美先生のが施術において凄腕であることは間違いないからな」
そう口にして、愛香は体を起こす。すると、先程の稜の声を聞きつけた皇斗や美玲が駆けつける。
「起きたか、栄」
「あぁ。迷惑かけたな」
「作戦は聞いたか?」
「作戦?」
「聞いてなさそうだな。説明しよう」
皇斗の言う「作戦」に少し不穏なものを感じる。
──いや、俺は察していたはずだった。まだ、歌穂の救出が完了しておらず七不思議其ノ参『マン・イン・ザ・ミラー』が終わっていないことに。
「目標の最優先は、赤い鍵の最後の一個を回収することだ。歌穂と李徴の2人が虎に変化したところを余と真胡の2人で調査したが、見つけることはできなかった」
「じゃあ……」
「栄の想像通り、虎になった歌穂が持っていると考えていいだろう。余は対面していないが、愛香や真胡の証言によれば虎そのものになっているようだから、どこに鍵を持ち合わせているかなどわからないけどな」
俺が「歌穂を人間に戻してあげたい」と言わずとも、皇斗はその意図を汲んでくれているようだった。
「それ故にに、目標は実質的に歌穂の救出が最優先だ。そのため、李徴を救うことはできないかもしれない。これについて、何か意見はあるか?」
「──ない。李徴を助けてやりたいのは山々だけど、皇斗ができないかとと言うのであれば俺も文句は言わないよ。そもそも、俺じゃ李徴を救うことができなかったんだしさ」
俺はそう口にして、少し自虐的に笑って見せる。
皇斗は何も言わずにいたが、美玲は「仕方ないわよ。唐突に虎を相手にしろって言われても、普通はできない」とフォロー入れてくれた、
「──それで、作戦はいつ実行するんだ?明日か?」
「いや、余達には明日も明後日も存在していない。今からだ」
皇斗のその言い方に対して、俺は小首を傾げてみせる。すると、隣に立っていた美玲がこう補足した。
「あー、栄は寝てたから時間感覚がないのね。今日は7月31日。七不思議其ノ参の最終日なのよ」
「──え?」
俺は、美玲の発言に理解するのに時間がかかってしまった。
「俺が起きるのを最終日まで待っていたのか?そんな、俺が目覚めなかったらどうしてたんだ──」
「待て。貴様、勘違いしているな?」
「え?」
唇をわなわなと震わせていた俺の背中に、呆れたと言わんばかりの視線を送るのはいつの間にか立ち上がっていた愛香。
「貴様が起きたのは、たまたまだ。最終日まで待っていたのは、妾の回復。歌穂にすぐ敗北した貴様ではない」
「え、あ、そうなの?」
「自惚れるなよ、恥ずかしい」
俺は自分を過信しすぎていたようだ。自分の頬が赤くなるのを感じる。
「──栄が起きてくれたのなら、人手が増えていいことだ。動いてもらうぞ」
皇斗がそう口にして、歌穂救出作戦は俺を含めて動き出す。
──この時の俺達は、生徒会によって大きく事態が変化することなど全く考えていなかった。





