7月31日 その③
「──生徒会」
梨花は、浴室の扉越しにいる人影の存在を、直感でそう理解する。
そこにいるのは、2m近くの巨体を持つ人影だった。きっと、身長を盛ることで正体を隠しているのだろう。
擦りガラスのように加工された扉を挟んででも、マスコット大先生と瓜二つをした被り物の人物は認識できた。
──こうして、梨花がすぐに生徒会だと理解できた理由については、大きく分けて2つある。
1つは、誠にそう忠告されていたからだ。
生徒会が来るかもしれない──誠の予言した最悪の未来を理解していた彼女は、その人影がマスコット大先生ではなく生徒会のものであるとすぐに理解できた。
そして、もう1つは過去に同様の格好をした生徒会と相対していたからだ。
それは、第3ゲーム『パートナーガター』の裏で行われた「真の鬼ごっこ」などと言う生徒会の悪ふざけ。
被り物をした生徒会メンバーが、梨花に襲い掛かって来た。
あの時は、体育館での必死の攻防の後に梨花が敗北した──それでもあの時は、美沙を生徒会だと思わせるために運良く生かされた。結局、美沙は生徒会じゃなかったし当時の犯人は発言や身長などを諸々考慮しても茉裕だったように思える。調子に乗って、殺さずに去っていくのも茉裕らしい慢心だ。
──だけど、今回はどうだろうか。
梨花は、こうして襲ってきて自分が見逃してもらえる理由が思いつかない。
もし、ここで生徒会と対面したら確実に殺される。どうにかして逃げなければならない。
梨花は、シャワーを投げ捨てて両手で扉を抑えたまま考える。
床で、シャワーが蛇のようにくねり暴れた。それが気にならない程に、梨花は思考を逡巡させる。
まず、服がない。
服は、浴室を出て洗面所にある棚の上だ。だけど、扉の前に生徒会がいる以上その服を取ることは諦めなければならない。
そして、武器がない。
扉を挟んですぐ前にいる生徒会と戦闘になった場合、梨花が持つ武器は何もない。
辛うじて、床で暴れているシャワーで相手をひるませることができるかどうかだろう。
問題は、相手被り物をしている以上水をかけても怯まない可能性があるという事だ。相手の視界を封じることは難しそうだ。
最後に、逃げ場がない。
一応、浴室には小さな窓が付いているけれども、外に飛び出した場合、そこにあるのは世界の境だった。
デスゲームの会場の地面は窓の外の1m程先で終わっており、それより先は底が見えない空が広がっている。
まだ誰も落ちたことは無いが、落ちたらきっと死ぬことは免れないだろう。いや、もしかしたら死ぬことも無く永遠に落ち続けてしまうかもしれない。
少なくとも、落ちたら帰ってこれないことは間違いなさそうだった。
武器も逃げ場もない。ついでに服も無い。
危機的な状況で、梨花は表情を歪ませる。まだまだ考えることは多いと言うのに──、
「──ッ!」
相手は、梨花の考える隙など与えてくれはしない。生徒会は、ドアノブに手をかけてガチャガチャと動かし、扉を開けようとしてくる。
──もし、ここで開けられたら一発でアウトだろう。
「やめて!どっか行って!」
梨花は、聞き入れてもらえないだろうがそう声をあげる。生徒会はその声に応じることもなく、ただドアノブを動かし続けた。
「──嫌だ。嫌だ嫌だ!こんな時どうすれば!」
もし、拓人ならばこういう時はどうするだろうか。もし、美沙ならばこういう時はどうするだろうか。
もし、誠ならば──。
「──」
そこまで考えて、梨花の頭の中には一つの突破口が見えてくる。
だが、「無謀」と呼ばれるであろうそれを行うためにはまだピースが足りない。
何か、他に使えそうなもの──。
梨花は、浴室を見回す。
水の溜まってない浴槽。体を洗うタオルがかかっているタオル掛け。シャンプー。リンス。トリートメント。ボディーソープと洗顔フォームと手桶。その他、美容用品。
「──いや、待って」
梨花の視界は後ろに向けられて、それの確認を存在を確認する。確実にあることは理解していたのだけれど、確かな位置を確認したかったのだ。
「──よし、これがあれば」
それでも、確実に生き残る保証はない。相手に察されれば、逃げ道は無くなってしまうだろう。
「──それでも、やるしかない」
梨花は、覚悟を決めて浴室を飛び出す準備を始める。梨花は、片手で扉を抑えたまま先程確認したそれに手を伸ばす。そして、それを体の方に手繰り寄せる。
──その時だった。
梨花の片手は、相手の両手に負けたようで扉が開かれる。
そして、黒いマントに包まれた2m近い巨体と対面する。その手の中に光っていたのは、やはりあの時と同じ包丁だった。
「──もう、包丁の餌食にはならないッ!」
梨花はそう口にすると同時に、手の中にあった風呂蓋を生徒会の方へと押し付ける。
風呂蓋に包丁が当たるけれども、風呂蓋に包丁が突き刺さることはなく梨花が押し勝つ。
「──」
生徒会が、喉を鳴らしたような気がした。その声が誰のものかはわからなかったけれど、男のもののように思えた。
「女子の入浴中を襲うなんて、最低!」
梨花は、そのまま生徒会を押しのけて浴室・洗面所を後にする。一糸まとわぬ体で、梨花は玄関の方へと走り出したのだった。





