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7月29日 その⑦

 

 昼も夜も変わらず暗い鏡の世界に、1つの光が射しこむ。

 足の肉が削がれて上手く動けない愛香を窮地から救ったのは、180cmを超える愛香とほぼ同等の身長を持つ愛香とは真逆な正確の美青年。

 普段は女々しく平和主義な彼だが、仲間を守るために振るう拳は誰よりも強い──、東堂真胡が参戦した。


「──貴様」

 自らに迫る歌穂を退けた真胡に対して声をかける愛香。服の背面は破れ、そこから血がにじんでいる。

 細く長い美脚は、肉が抉れて痛々しい。


「──愛香ちゃん。助けに来たよ」

「──別に、貴様に助けなど頼んでない」

「頼んだよ、栄が。皆を助けてくれって」

「──」


 それ以上、愛香は何も言わなかった。

 愛香と真胡の関係性は、第6ゲームの途中で栄を媒介に構築されている。だから、他のクラスメイトよりも心を許している節があった。


「──歌穂は?」

「──後で説明する。今は、鏡の世界から逃げるのが最優先だ。急がないと、目の前のコイツらは出入り口となる鏡を割ってくるぞ」

「──わかった」


 真胡は、愛香の判断に従って逃げることを決めた。幸い、2頭の虎は動くような素振りは見せていない。

 ──逃げるのなら、今がチャンスだ。


「ごめんね。我慢して」

 真胡は一言断った後で、愛香のことを背負う。真胡は、愛香の肉感をできる限り意識せずにそのまま鏡のある男子トイレの方へと向かった。


「ごめんね。男子トイレで。誰もいないと思うから」

「構わない。妾も貴様らの粗チンになど興味ないからな」

 真胡は、まず先に背負っていた愛香を鏡を通して現実世界に連れて帰る。そして、即座に真胡も鏡の世界に入っていった。

 その時、鏡の世界に虎の咆哮が鳴り響いたけれど、振り向くようなことはしなかった。


 ***


「──それで、鏡の世界に帰ってきた成果がこれか」

 保健室のベッドの上で、応急処置を施された栄と愛香の2人が並んでいる。栄は未だ目を覚ましていない。処置をしてくれたマス美先生の見込みによると、31日に目を覚ますかどうかも怪しいらしい。

 愛香と比べれば栄はそんな大怪我を負ったように見えないのだが、栄は内部の損傷が大きいようだった。


 愛香は主に爪の攻撃で派手に流血しているので大怪我のように見えるが、栄は脚による蹴りが主因で内臓が傷ついている。栄は出血こそ少ないが、体は限界を超えていたらしい。


 保健室の中には現在、ベッドの上で眠っている栄と不愛想な顔をしている愛香の他に、皇斗と真胡・美玲・奏汰の姿がある。稜達は一足先に寝たらしい。マス美先生は応急処置をしたらそそくさと帰ってしまった。


「──悪かったな。皇斗がいてくれれば結果は変わっていたかもしれん」

 栄と愛香がここまで傷付いたのは、李徴と歌穂の相手をしていたからだ。皇斗であれば、もっと余裕で終わっただろう。


「──色々と訊きたいことがある。傷だらけの所悪いが、質問に答えて欲しい」

「勿論だ。ただし、妾も訊きたいことがある。1つだけだから、先に訊かせろ」

「わかった」


「真胡はどうやって鏡の世界に入って来た?本来であれば入れなかったはずだろう?」

 愛香の視点が、皇斗から栄の看病に回っていた真胡の方へと移される。急に話を振られた真胡は体をビクリと震わせた後に、ゆっくり顔を上げる。


「えぇと……皇斗は、一度鏡の世界に行った人なら自由に鏡の世界との行き来ができるんじゃないかって考えたの」

「成程。それで、実際にそれが的中していたということか」

「そういうこと。鏡が割れたのに気付いた私達が一階に駆けつけたら、栄が倒れていたからすぐに2階にのトイレから鏡の世界に入ったの」

 きっと、鏡の世界に行くのが皇斗ではなく真胡になったのは、紆余曲折があったのだろう。

 愛香は、あえてそこを突っ込むことはしなかった。


「妾が訊きたいことは大体わかった。これで、実質的に全員が無制限に鏡の世界に行けるという事だな。完璧に理解した。それで、貴様らの訊きたいことと言うのは?」

 愛香は、自分の質問を打ち止めて皇斗達の話を急かす。


「まず、歌穂はどこに行った?まさか、死んだのではあるまいな?」

「勿論だ。歌穂は生きている。真胡は見たと思うが、あの白虎が歌穂だ」

「──え」


 一瞬の沈黙の後、歌穂が驚いたように間抜けな声を出す。だが、急に「白虎の正体は歌穂だ」と言われてもピンと行かないだろう。


「歌穂だけではない。妾達を案内してくれた袁──本名を李徴というものは、通常の虎になった」

「愛香ちゃんと栄は、虎になった2人に襲われていたってこと?」

「そういうことだ。本当は妾と栄も虎になりかけたが、尻尾を引き抜いたことで回避した」

「尻尾を……」

 美玲が、少し顔を歪める。


「ならば、歌穂の尻尾を引き抜くことが出来れば助けられるのだな?」

「理論上はな。妾もそれを目標としたが、相手は強敵だった」

「──成程な」


 愛香は結局、歌穂と李徴も助けることができないまま怪我を負って現実世界に戻って来てしまった。

 苦虫を嚙み潰したような顔で、愛香はその事実を認めている。


「──だが、その一方で栄と愛香の2人は3種類目の鍵を4本持ち帰って来た。これで残りは1本だ」

「あぁ、そうだ。そして最後の1個の鍵は歌穂が持っている」

「では、余達の目標はやはり歌穂を人に戻すことに終着するのか」

「そうだ。他にもどこかに赤い鍵があるのかもしれないが、それを探すよりも歌穂を捕まえて人に戻す方が確実だろう」


 ──こうして、デスゲーム参加者の方針は「歌穂の救出」に話がまとまったのだった。

 栄と愛香の2人を休ませるために、その日は一度解散となった。

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雨城蝶尾様が作ってくださいました。
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