7月26日 その⑦
「池本栄君。私と協力してください」
開口一番、マスコット大先生は頭を低く下げてそうお願いしてくる。
いつもはヘラヘラと笑いながら、掴みどころのない発言を繰り返し続けている彼がこうして頭を下げているのは新鮮味があった。
それに、マスコット大先生の正体は俺の父親である池本朗だ。自分の息子に腰を直角に曲げて頭を下げる──そんな行為をしているということは、マスコット大先生は相当追い詰められているのかもしれない。
「待ってください。急に協力してだなんて言われても、俺には何が何だか」
何に協力したらいいのか明かされないまま「はい、協力します」だなんて言ったら、マスコット大先生のことだから俺に他の皆を殺すように仕向けるかもしれない。
だから、俺はマスコット大先生のお願いを素直に飲み込むことはできなかった。
「とりあえず、座って話しましょう」
俺はマスコット大先生と2人、教室の真ん中にある生徒用の椅子に対面するように腰を下ろす。
「──それで、お願いって?」
「単刀直入に言えば、会長会議のことについてです。簡単に言えば、私達──池本朗の中で意見が8つに分かれました」
「意見が8つに……」
マスコット大先生の言葉に驚くと同時に、どこか納得できる部分もあった。
マスコット大先生──というか池本朗は、何人も存在している。マスコット大先生の説明によれば「他の世界線の自分」らしい。
「端的に説明しますね。デスゲームを進めるにつれて池本朗の中でも派閥ができてきました。その派閥は大きく分けて8つ。群雄割拠の8グループで争っても全滅の未来は避けられなさそうなので、それぞれがデスゲームを主催してそれで生き残った人同士を競わせる──要するに、我々の冷戦です」
「マスコット大先生同士の冷戦──ですか」
「いいえ。違います。池本朗同士の冷戦です」
「──あぁ、そういうことですか」
俺は、マスコット大先生が大体何を言いたいのかわかった。
池本朗は世界線の数だけ存在しており数え切ることはできない。しかし、俺達にとっての「マスコット大先生」──即ち、池本朗が扮するデスゲーム司会のキャラクターの名前はクラスによって違っているのだろう。
「マスコット大先生としてこの被り物をしている私は、デスゲームに関わっている私の1/7に過ぎない」
まるで何かの名言を引用するかのようにしてカッコつけながらそう述べるマスコット大先生。
「──で。話の内容は大体理解できました。俺達はこれまで通りデスゲームをクリアすればいいんでしょう?」
「はい、簡潔に言えばそうです。デスゲームをクリアし続ければ、誰も文句は言いません」
デスゲームをクリアするのは簡単──そう言い切るつもりは毛頭ないし、毎回ギリギリの戦いを強いられているが、今俺達にできるのは努力だけだった。
マスコット大先生──というか、池本朗が俺達を駒にして何を争っているのだろうか。
この剣に関する今の俺に残っている疑問はそれだけだった。
「では、マスコット大先生。質問があります」
「なんでしょう?今日の私は答えられる範囲のものであればなんでも答えますよ」
「どうしてマスコット大先生──まぁ、父さん同士で争っているんですか?それを教えてくれないと、俺達だって心残り無く戦えません」
俺がそう問いかけると、マスコット大先生の被り物の表情が真顔になる。
答えたくないのかもしれないが、八つ巴の戦いに巻き込まれる俺達は知る権利があるはずだった。
答えてもらうまで引かないぞ──と心の中だけで覚悟を決めていると、マスコット大先生はその被り物を外す。
そこから出てきたのは、まだ少し見慣れない自分の父親の顔。
自分では似ているかわからないが、智恵や稜が言うには顔立ちや目の形が似ているらしい。
「俺達が争っているのは、栄のことだ」
「──俺のこと?」
「そうだ。具体的に話すことはできないが、議題は栄。自慢の愛息のことだよ」
そう口にして、マスコット大先生は俺の頭を撫でる。「愛息」だなんて、俺のことを十年以上放っておいた癖に──だなんて言ったら「十年以上放って開催したデスゲームは全部栄の為だ」などと調子のいい出まかせを言うのだろう。
「栄には期待してる。だから、頼んだ」
「都合のいいことを」
マスコット大先生にいいように扱われていることは自分でも理解していた。絆されているのではなく、一種の諦めだった。
「でも、どうせクリアしないと俺達は卒業できないんでしょう?なら、やれることだけのことはやりますよ」
俺はそう口にすると、立ち上がる。
「話はこれで終わりですか?友達を待たせてるんで、言っていいですか?」
「はい。伝えたいことは終わりましたので。期待していますからね、池本栄君」
一瞬の早業で被り物を被ったマスコット大先生はそう口にして俺のことを見送る。そして、俺は皇斗の待つ教室に移動した。
──その一方で、マスコット大先生改め池本朗は一人で空き教室に残る。
教室を早足で駆け抜けていった一人息子の背を見ながら、一言。
「──私の池本栄が、他の奴らに通用することを願いたいですが。彼らもまた主人公の器ですからね」





