7月26日 その④
暖かい昼の陽射しが、俺たちを優しく包む。
なんの不快感もなく、ゆっくりと海上に浮上するような形で俺は目を覚ます。
腕の中から、柔い息と優しい鼓動が伝わってくる。
夏特有の汗で蒸れる感覚が全身を取り巻いているけれども、今はそんな不快感そっちのけで腕の中に智恵が存在することがただ嬉しかった。
第8ゲームの終了は夢じゃなかった。硬く冷たい牢屋で、座り込むようにして眠る生活は終わったのだ。
腕の中にいる智恵を包み込むようにして抱くと、彼女は少し身じろぎしたのちにその目を開く。
「んん……暑い……」
クーラーを付けているとはいえ、真夏の布団の中で抱き合って眠っていたのだ。
お互いに汗びっしょりだ。時刻は9時半。シャワーを浴びても学校には間に合うだろう。
「おはよう、智恵」
「おはよ。すごい汗かいちゃった。夏が終わるまでは一緒に寝るのお預けかなぁ」
智恵がゆっくりと体を起こしながらそんなことを口にする。俺もそれに合わせて、体を起こした。
そのまま熱気のこもった布団から体を出す。
「一旦シャワーを浴びよっか。学校にはまだまだ間に合いそうだしさ」
「──うん」
智恵は、俯きながらもそう返事をする。
「じゃ、俺は寮に戻るから。30分後にまた戻ってくるよ」
「──あ、うん。わかった」
智恵は顔を上げて驚いたような顔をしたのち、すぐに顔を真っ赤に染めて返事をした。
「じゃ、また30分後に」
俺は智恵にそう挨拶をすると、チームFの寮を後にする。
そして、自分の寮にシャワーを浴びて学校に行く準備をしているとすぐに30分という時間は経過してしまった。
俺は、約束の時間通りのチームFの寮に移動し、リビングに入ると──
「──キャ!」
風呂上がりで頭をタオルで拭いている智恵の無防備な下着姿がそこにはあった。
「──ごめっ!」
俺は、自分の顔が紅潮していくのを感じる。だけど、俺の視界は智恵に釘付けになったままだ。
豊満な胸を覆うように、フリルの付いた可愛らしい紫色の下着に包まれている。焦ったようにその場の凌ぎの謝罪を口にする俺だが、視線は動かなかった。
智恵は表情を赤らめながらも、緊張させていた肩をゆっくりと落とす。
「よかった、栄だ」
安堵したように智恵はそう口にして、肩にタオルをかけたまま制服のスカートに体を通す。
その時俺は智恵の胸から視線を剥がし、智恵と目を合わせる。そして、すぐにそっぽを向いた。
「──ごめん。まさかリビングで着替えてるとは思わなくて」
「リビングに制服を忘れた私にも問題はあるから、栄は悪くないよ」
智恵が俺のことをフォローしてくれるけど、正直どっちが悪いかなんて考えられる頭ではなかった。
智恵は、彼氏から性暴力──その3文字で表現するにはあまりに惨たらしい過去を背負っている。
だから、俺もできるだけ性的な関係を持たないように心がけているのだけれど、今回のは事故だ。どうしても抗えなかった。
「──もうこっちむいて大丈夫だよ」
智恵の声を聴いて振り向くと、髪を濡らしたままの智恵が制服を着て立っていた。
「髪の毛を乾かしたいからもう少しだけ待ってて」
「うん」
俺がそう返事をすると、智恵はその場でドライヤーの電源を入れて髪の毛を乾かす。
ドライヤーの音がうるさくて、きっと会話にならないだろう──俺はそう判断して智恵の横顔を眺めていた。
「──顔に泡でもついてた?」
すると、智恵が俺の視線に気が付いたのか一度ドライヤーを止めて自分の頬を撫でる。その動作が可愛い。
「いや、見てただけ。可愛いなぁって」
「ありがと」
智恵は短くそう口にしてはにかむ。短い感謝は照れ隠しのように思えた。
ドライヤーの音がリビングの中に響く中、智恵はその手を忙しなく動かしながら俺に一つの質問をしてくる。
「──栄は、第8ゲームどうだった?」
「俺?」
思いがけない質問に、俺は少し戸惑ってしまう。
「そう。昨日、私の話しばっかしちゃって、栄の話聞けてなかったなーって」
「俺は──そうだな。プラム姫とずっと同じ牢屋にいた。相手は王女って言うから、かなり肩身が狭かったよ。それに、ずっと皆の事が心配だった」
映像で皆のことを見ていた──という話はしない。だって、昨日智恵があんなに楽しそうに話してくれたのだから。
「浮気とかしてない?」
「勿論。俺はずっと智恵が一番だ」
冗談で浮気していないか訊いてきたから、俺も冗談めかしてそう返す。別に嘘は言っていない。
俺の返答を聞くと、智恵は嬉しそうな笑みを浮かべる。その笑顔に恋をしたのだな、俺は俺が智恵を好きなことを再確認する。
「明日から夏休み。何しよっか。デートとか行きたいけど、こっから出られないもんね」
「そうだね。水族館とかスカイツリーとか、行きたいところはたくさんあるのに」
「卒業するまでの辛抱だ」
智恵がそう口にすると、その長い髪の毛を乾かし終わったのかドライバーを止める。
「ドライヤー片付けてくる」
「うん」
智恵はそう口にすると、リビングを出てくる。そして、数分もかからずに髪の毛をセットしてリビングに戻って来た。いつも通りのツインテールが、頭の少し高い所で揺れている。
「じゃ、行こうか」
「うん」
俺と智恵は手を繋いで学校へと向かったのだった。
第8ゲームの後日談にして、夏休みのプロローグとなるに相応しい1日が始まる──。





