7月26日 その①
俺は、夜通し智恵の冒険譚を聴き続けた。
感情の起伏の富んだ智恵の話は聴いていて楽しかったし、まるで自分がその場にいたかのような感覚を覚える程に没入することができた。
俺の腕の中で楽しそうに話を続ける智恵との時間はあっという間に過ぎていき、いつの間にか窓の外から朝日が差し込んでいる。
「──あれ、もうこんな時間か」
「え、もう朝なの?早いなぁ……」
俺を助け出してくれるまでの話は一通りしてくれたのだけれど、まだ話したりないのか智恵は少し悲しそうな顔をする。その表情が可愛くて、俺は包み込むようににして智恵の頭を撫でた。
智恵がゆっくりと目を瞑り、嬉しそうな顔をする。
「ごめんね、楽しくなっちゃって。一睡もできなかった」
「俺は問題ないけど、智恵は眠くない?昨日は一日中動き回った後だから疲れてるでしょ」
「正直言えば眠い……」
智恵はそう口にして、右の手で目を擦った。俺も、体がどっしりと重く少し眠い。
「今日は遅刻して学校に行こうか」
俺がそう口にすると、智恵は少し考えたような顔をした後にゆっくりと頷いた。
今は5時を少し過ぎたあたりだから、俺達は10時に目覚ましをセットする。そして、稜に「今日は遅刻する」とだけ連絡して、俺と智恵は一緒の布団で抱き合いながら眠った。
──もう、2人を分かつものは何もありませんように。
そんな祈りを頭の中に浮かべて、俺と智恵は同じ夢の世界に旅立ったのだった。
***
──午前6時。
耳元でけたたましい音が鳴り響き、稜は重いまぶたを開く。
今日くらいは二度寝していいんじゃないか──疲労が溜まりに溜まったその体では、そう考えてしまうのも無理はないだろう。
栄を救出するまで酷使し続けたその体は、アラームの鳴り響くスマホの方に手を伸ばす。
「──あれ」
目覚ましを切った後、もうひと眠りしてやろうと企んでいた稜だが、栄からの通知を見てゆっくりと体を起き上がらせる。
「なんだよ、俺に連絡係を任せやがって」
稜は幸せそうな2人に対してそう悪態をつくと、ゆっくりと布団から這い出る。
稜以外の寮のメンバーには、全員彼女がいる。いないのは、稜だけだ。
「なんで俺の禁止行為は異性に愛の告白をしたら死亡なんだろう……」
栄から自分に定められた禁止行為に文句の対象が移った稜は、パジャマのまま階段を降り洗面所で顔を洗う。
今日は栄がいないから、凝った朝食は出ない。
ルーティンだから──などと言って、毎朝5時半に起きては全員の朝食を作っている栄は正直凄いと思う。
自分だったら3日も続かないな、と稜は心の中で思って蛇口を捻って水を止めた後に、リビングに移動した。
「あ、稜。おはよう」
先に起きていた純介がキッチンの方から声をかけてくる。
「おはよう。健吾は?」
「まだ寝てる」
「そっか」
第8ゲームで『魔帝』・『古龍の王』・『羅刹女』の3人を相手にした健吾の体には相当の疲労が溜まっていたのだろう。眠っているのも無理はない。
「あ、稜は知らなかったっけ?昨日、夜に美緒が来たの。それで、今は部屋で2人」
「へー、美緒が」
栄と智恵が愛し合っているように、健吾と美緒も付き合っている。
前者が対等な関係だとしたら、後者は健吾の方が尻に敷かれている感じに思える。まぁ、どっちもどっちだ。
「純介は紬と一緒じゃなかったのか?」
「まぁね」
純介のことに関して、これ以上追及する気にもなれなかったので稜は黙ってテーブルの前に座る。
「稜の分も追加で用意しちゃうから、待ってて」
「ありがとう」
「そのつもりだったんでしょ」
「バレたか」
若干の疲労が残りつつ、朝の優雅な一時を2人は過ごした。
「寝坊したッ!」だなんて、2階から健吾の焦る音を聴いたのは稜と純介が家を出る時間になってからだった。
***
稜と純介の2人が梨央と紬の2人と合流した後に教室に行くが、人の数はまばらだった。
だが、昨日までの長旅を考えるとこうやって遅くなるのは仕方ないだろう。
教室に見えたのは皇斗と美玲、誠に奏汰の4人だった。
「なんか、少なーい」
紬がそう口にすると、「昨日までの非日常から、日常に戻って来れる方が珍しいだろうよ」と誠が会話に入ってくる。
「珍しいな、誠が話しかけてくるの」
「俺も一人で暇してたからな」
「誠にも暇する時なんてあるんだ」
「当たり前だ。ここ一カ月は暇しなかったんだがな。暇つぶしがいないと暇になる」
誠がポーカーフェイスのままそう返すと、純介は楽しそうにニコニコと笑う。すると──
「その暇つぶしとやらは今どこにいるんだ?」
5人の後方から声をかけてくるのは、1人の女傑──愛香だ。その横には、歌穂もいる。
「栄は、今日は遅刻するってさ」
「放課後までには来る?」
「欠席じゃなくて遅刻だし、来ると思う。どうして?」
愛香ではなく歌穂が、栄の来る具体的な時間を要求したから稜は少し疑問に思う。
「別にアタシは栄に用はないんだけどさ。撫子が智恵のことを探してたから」
「あぁ、七つの大罪のことか」
「そ」
もう既に、智恵の特殊体質なことについてはクラスの半分には知れ渡っていることだった。クラスの半分がごく少数になってきている──というのも否めないが。
「では、智恵が撫子と話をしている間、栄は余が借りていいか?」
会話に割って入って来たのは、いつの間にか稜達の近くにまで接近していた皇斗だった。
「別にそれは俺達が決めることじゃないけど」
「アタシは別に構わないわ」
「そうか。では、後で栄と話を付けることにしよう。愛香も顔を出してくれると助かる」
「──気が向いたらな」
栄や智恵のいないところ、2人の関する予定が次から次へと決まっていく。
稜は、学校での忙しい日々に戻って第8ゲームが終わったのだな──と、一段落ついたことを自覚したのだった。
ちなみに。
健吾は、美緒の膝枕で爆睡。





