冒険の終わり その①
──『羅刹女』の霧消の代わりに、姿を現すのは一人──いや、一匹のキャラクター。
羊の執事もといコンシェルジュのコンだ。このゲームの世界において、ポーズ画面と同様の役割を果たしている彼がこうやって姿を現すのも、この瞬間が最後だろう。
「ゲームクリア、おめでとうございます。アナタ達は無事に第8ゲーム『RPG 〜剣と魔法と古龍の世界〜』をクリアしました。今から5分後に、現実世界──アナタ達の生活する帝国大学附属高校に戻ります。最後の5分間を自由にお過ごしください」
コンが一方的に事務連絡を果たして姿を消すと、再度ゲームの中の時間は流れ出す。
「──倒したみたいだね」
失神から目を覚ました『剣聖』が、消え失せた『羅刹女』を見届けてからそう言った。
その後で、俺達の方を見て目を見開く。
「──君達も消えかかっている。まさか、『羅刹女』に殺されて」
失神していた『剣聖』は、『羅刹女』との決着を見ていない。だから、俺達が相討ちになる形で『羅刹女』に勝利したのではないか──そう考えているようだった。
「『剣聖』、安心してください。俺達は死んでいません。ただ、元の世界に帰るだけです」
「元の世界に──成程」
プラム姫は「帰るまでが遠足」だなんてことを言っていたから、てっきり最初の街プージョンにいる国王のところまで戻り事の顛末とプラム姫の訃報を伝えるのかと思っていたけれどそんなことはないらしい。
ゲームでも、この道中はカットされてエピローグに入るのだろう。
『剣聖』は俺の説明で納得したようで、安心したような優しい顔つきに戻る。
「君はサカエ──と言ったね。できることなら、これだけの勇者に信頼されている君ともっと話をしたかった」
『剣聖』はそう口にする。彼の話が長いのは、俺も画面を通して見ていたから知っている。
だけど、ここで断るのも違うだろうから「俺もです」と答えておいた。
「──君達が元の世界に戻れると言うのなら、僕は心底安心したよ。王国戦争に、この国の問題に巻き込ませてしまって悪かったね」
「『剣聖』の方こそ」
申し訳なさそうに謝罪をする『剣聖』に対して、健吾がそんな言葉を挟む。本来であれば、『剣聖』は王国戦争に参戦することはなかっただろう。鯀の討伐を取引にしたギブアンドテイクであったことを忘れていないようだった。
「こちらこそ『剣聖』がいて助かりました。『剣聖』がいなかったら一体どうなっていたことか」
稜がそんなことを口にする。確かに、『剣聖』がいなければ俺達が『羅刹女』に勝利することはできなかっただろう。それに、こんなに早くこの城内都市パットゥに辿り着けていなかったはずだ。
「僕はね、君達と冒険できたことを一生の誇りに思うよ。君達勇者のことは、僕が語り継いでいく。ドラコル王国の神話に君達の名を紡がせてもらうよ。それと、プラム姫のこととか、今後の事は心配しないで。国王には噓をついておくから」
『剣聖』はウインクしながらそう口にする。
──きっと、これからドラコル王国は大きな変化を遂げるだろう。
倒せないとされていた龍種が全滅し、『古龍の王』が姿を消した。
いや、それだけではない。『死に損ないの6人』と謳われた冒険者の多くも歴史上の人物になってしまった。
隣国のニーブル帝国がそんな状況を見過ごすことはないだろうし、『剣聖』は激務に飲み込まれてしまうだろう。
だけど、俺達にはどうすることもできない。
だって、後数分でこの世界からいなくなってしまうのだから。
今、俺達にできるのは託すことだけだった。
「『剣聖』、ドラコル王国のことは任せました。オレ達が救ったこの世界を、守ってください」
健吾がそう口にして、握手を求める。それを『剣聖』は強く握り返して答えた。
「もちろんだよ、ケンゴ。僕に任せて」
握手をしながら、『剣聖』はそう口にする。しばらくすると、霧消して淡く薄くなっていく俺達の体を握ることさえできなくなってしまった。
「──そろそろ、本当にお別れのようだ」
『剣聖』はそう口にすると、寂しそうに笑みを浮かべる。俺も、もうこの世界に1分といれない自覚を持った。
まだ、最後にしなければならないことがあって──
「『剣聖』っ!」
俺は、その二つ名で彼の名を呼ぶ。すると、『剣聖』は俺の方を向く。
「俺を──皆を助けてくれてありがとうございました」
そう感謝をして、俺が持っていた第37代『剣聖』の座を彼に返還する。
これにより、『剣聖』の地位は目の前の男──マルクス・シュライデンに戻った。
一瞬、彼は驚いたような顔をした後で『剣聖』の地位に再臨ことを自覚したような顔つきに戻る。
「──そういえば、そうだったね。危ない危ない、僕の一番大切なものを借りパクされるところだった」
『剣聖』はそう口にして、いたずらっぽく笑う。そして、俺達の意識が現実世界に戻されようとしたその瞬間に、『剣聖』はゆっくりと口を動かす。
「──お幸せにね、勇者の皆」
『剣聖』の純粋な幸せを願う気持ちを最後に、俺達の長い長い冒険は終わりを迎えたのだった。





