プロ野球選手との淡い恋97
「会長の先妻は郁代さんとおっしゃり、がんで亡くなりました」
渡部の言葉にそよは驚いた。
「15歳離れたお姉様がいるとは伺いましたけど、存じませんでした」
「そうでしたか。社内では誰もが知っている話です。先妻の奥様は私も直接は存じませんが、聡明な方だったと聞いています。幹部には、佐野さんが郁代さんに似ていると言う方もいるんですよ」
「私、ですか?」
渡部は静かに頷いた。
「現在の奥様との間に産まれた長男である一希さんと先妻の長女である百合子さんの激しい次期社長争いがあります」
「百合子さんとは、まだお会いしたことがありません」
「そうですか?あぁ」
渡部は一人納得した。
「百合子さんは稲村の苗字ではありませんよ。だからですね。海外調達部の藤井百合子部長ですよ」
そよら思わず声をあげた。
もちろん会ったことはない。
しかし、イナケンに入社して以来、何度も耳にしてきた名前だ。
外国語を母国語のように扱い、有能で、しかも母親業もこなす。
尊敬と羨望の眼差しを受けていた藤井部長のことだったとは。
しかし、50周年パーティーにしろまるで一希が跡取りのような空気だった。
それを渡部に伝えると、冷たい視線が送られた。
「それは、奥様の手前。しかも、百合子さんも社長の座を望んでいない」
「それなら、部長が社長になるのでは」
渡部はまた周りを見渡してから声をひそめた。
「社長になる方には器と広い視野が必要です。目先のことや、小手先の策しか考えられない方では難しい。それに、周りもそれを望まない。本人の希望とは別に必要とされる人がいるのです。かたや、望まれたいとバタバタ騒ぐ人間もいる」
そう言って、さらに声をひそめて呟いた。
「だから、特に佐野さんは気をつけなさい。愚かな策に騙されないように。私が言えることはそれだけです」
「気をつけるって」
渡部はそれ以上、何も言わなかった。




