プロ野球選手との淡い恋96
古びた小さな古い町の食堂があった。
赤い暖簾をくぐり店に入ると、「いらっしゃい」と店主の声がする。
奥には二つテーブルが並ぶ小上がりがありと、手前はカウンターが8席。
先客は魚を焼いた定食を食べていた。
カウンターに座ると、渡部とそよはおまかせ魚定食を頼んだ。
渡部は40代初めの気の優しそうに見える人だった。
話では営業の成績はさほどではなく、様々な部署を渡り歩かされた。
庶務に移ったとき、資料の丁寧な作成や人当たりの良さ、忍耐を買われて会長が秘書課にスカウトしたと噂で聞いていた。
そよは会長付きの秘書である。
しかし、会長の予定がない日はこのところ部長案件が増えていた。
会長と部長では考え方も求めることも違う。
部長は優しくフォローしてくれることが多かったが、要領が分からず戸惑うことばかりだった。
それに、どうして急に部長との同行が増えたかもわからない。
そよにとって会長は恩人みたいなもので、まさか退任を前提に引き継ぎが行われているのでは?と、不安にもなった。
「会長とはタイプが全然違うでしょ」
焼きたてのホッケの骨を外しながら、渡部は言った。
「はい。会長とは随分違います」
「随分。確かにそうですね。会長ははっきりしてる、分かりやすい。部長は考えてることを、あまり言葉にしませんから。奥様に似ていらっしゃる」
「奥様ですか?」
「そうです」
部長の前では寡黙な渡部が色々話すことも、その話し口はざっくばらんで意外だった。
「奥様はどんな方なんですか?」
渡部はわずかに含み笑いを浮かべた。
「どんな方?そうですね」
そう言った後、少し間をおいてから答えた。
「あまり口には出さないけれど、様々な思いがある方です」
「様々な思い、ですか」
そよには全く意味が分からなかったが、それ以上は聞いてはいけない気がした。
「我が社は今、激しい次期社長争いがあります」
「社長には前畑さんがいらっしゃいますよね」
「あの方は、会長が起業した時からの腹心です。次期社長が決まれば、副会長辺りに退任されるでしょう」
「でも、次期社長は稲村部長ですよね」
渡部は意味ありげな笑みを浮かべた。




