プロ野球選手との淡い恋86
稲村会長はひとしきり話し終えると、一人で何やら物思いにふける。
一希はそんな会長を横目に、先程手渡された追加計上の予算案に目を通していた。
光田の所属するチームに支払う来年度のスポンサー料と、内田菜々へのCM関連の費用だ。
会長が払うと言えば、役員会での承認はあって無いようなものだ。
父の意思がイナケンの意思になる。
父が自分に対して頼りなさを感じていることを、痛烈に一希は感じている。
優秀な同じ年代の社員を、まるで自分と競わせるように近くに置き、さらには母違いの姉.百合子を重宝している。
会長の初めの妻は、百合子が幼稚園の時に病気で亡くなった。
一希の母は、後に結婚した後妻である。
今でも、古参幹部は先妻を慕う人が多い。
百合子は父と似て肝が据わり、姉御肌だ。
現在、アジアの資材調達部の部長をしているが辣腕を振るい誰もが一目をおく。
父が退任すれば次は百合子をと望む者も多い。
他の役員も、あくまで自分は実力ではなく「会長の息子」の扱いだ。
父がいなくなれば、今まで微笑んでいた人間が手のひらを返すだろう。
色々と気にかけてくれる百合子もまた、同じかもしれない。
その時、自分はまだ相手を倒す技を持っていない。
父から全幅の信頼を寄せられる近道。
一希の脳裏に佐野そよが浮かんだ。
確かに爽やかで可愛らしい女性であった。
しかし、内田菜々の美しさには到底及ばない。
一希の周りにも玉の輿狙いで、様々な女性が集まる。
彼女たちから比べても、学歴も、家柄も、何もかも勝るものはない。
しかし、父や光田を離さない魅力が彼女にはあるのだ。
佐野そよにあって、今まで会った美女たちにないもの。
一希には全く理解出来ない。
それでも、彼女を妻にすれば父は自分に肩入れするだろう。
そよが光田に好意を持っているのは事実だ。
しかし、それは恋と言う段階だ。
正式に籍を入れていなければ、それはただの恋愛なのだ。
まだ、一希にも望みはあるかもしれない。
母親譲りの容姿、学歴、地位。
そして何より光田のような人気商売ではなく、絶大なる安定がある。
パソコンの各部署の活動予定を確認する。
秘書課の個人別行動予定表を確認すると、そよは会長との同行などがなければ、事務作業で会社にいることが多かった。
一希はそよの空いている日に、自分との同行日程を入れていった。
ゆっくりとやっていきましょうか。
一希は一人微笑んだ。




