開発機と探査機
ハンスは二つの機体の詳細を決定するため、すぐさま会議を開いた。
「探査機と開発機の開発方針が決まりました。二機1組の探査、開発船を天体に向け打ち出し、ほぼ同時に二つのミッションを遂行する計画です。我々は探査、開発機の開発を早急に完成させなければなりません。要求されるスペックは、最大加速時、秒速3万kmの速度を叩き出す核融合エンジンを搭載する事、大気圏突入の能力を持つ事、6G通信規格を搭載する事、膨大な情報を処理可能なスーパーコンピュータ、これに付随したAI。これが二機に共通して求められる性能です。
個別的要求性能に関しては探査機において、基本的な調査が済み次第、探索衛星を本体から分離し、探査機本体は天体内の探査も行う仕様です。要求される装備は、天体の軌道上から温度、空気組成、重力、地形等が精密に観測できるセンサー、地質調査用の超音波探査装置、高解像度のカメラ。そして、探査衛星のほかに、複数の探査ドローンを積載できる貨物室。目新しい物は地質調査用の探査装置くらいですね。
開発機は少し複雑です。3Dプリンターと組み立て装置を搭載して、目的地へ向かいながら開発用の無人機を製造します。燃料の消費に伴いどんどんスペースを開けてそのスペースで天体の条件と関係の薄い部品から印刷、組み立てを開始していく方式を予定しています。
概要は以上です。二機は機体設計の大部分を共有し、開発や探索の能力を持つ機体を個別に開発する方針です。よって、それぞれの機体は母船の貨物庫に収まるサイズに納めなければなりません。
探査機はダニエルをチーフとして、開発機は私、ハンスをチーフとして設計を始めます。ベースとなる船体はミッチェルをチーフとしてチームを結成します。
ここで、皆に私の意見を聞いて欲しい。この条件であれば、既存のスペースシャトルをベースとして、船体の開発を行うというのはどうでしょうか。既存のエンジンを核融合エンジンに置き換えるだけで進行方向に対する推力は得られます。減速や大気圏内での移動は機体各所に核融合エンジンに適したスラスターを装備することで可能となるでしょう。
一から設計するより開発期間を大幅に短縮でき、打ち上げを早められる。探査機、開発機の打ち上げはスピードが命です。目的の天体発見は1秒でも早い方がいい。これはそのために必要なことだと思うんです。」「私はハンスチーフに賛成です。人が乗らない船ですから、改良の難易度は格段に低くすみます。時間短縮は後々重要になると思います。設計が最も新しいエンデバーをベースとして開発すべきでしょう。」「ありがとう。異論がなければ、エンデバーをベースとし、要求される全てを満たす船体の開発を行います。それぞれの開発チームは全ての機体が直径4m、長さ18mに収まるよう開発してください。」
翌日、ハンスは無人開発機チームを招集し、会議を行なっていた。
無人開発機は3Dプリンタによって部品を印刷し、開発船内で組み立てる方式を採用する事が求められていた。よって、設計もこれを念頭に進められた。無人開発機に要求される性能は以下の通りである。①不整地走破性②簡易的な整地性能③試験的な採掘性能③簡易的な構造物組み立て機能④生物に対する威嚇、攻撃機能。これら全ての条件を満たす無人機は小林らが参加した会議でショベルカーをベースとし、複雑な作業が可能なマニピュレーターを装備することが決定されていた。
「これ程多くの機能を持たせるのであれば動力が最大の懸案事項ですね。補給の問題から内燃機関は採用不可、よってモーター駆動になる。候補となるのは通常のバッテリー、燃料電池ぐらいでしょう。燃料電池を採用する場合は水素補給装置を3Dプリンターで製造する必要があります。一方、通常のバッテリー駆動を採用する場合は稼働時間に課題が生じる。みんなはどう思いますか?」
「やはりバッテリー駆動にすべきだと思います。開発機は大型なのですから、十分な量のバッテリーを搭載できます。仮に、長時間の稼働が想定される場合は有線で母船から電力供給しながら作業させれば良いのです。将来的に資源に余裕が持てた場合は燃料電池に切り替えてもいいと思いますが。」
「その案でいきましょう!バッテリー、燃料電池両方の仕様の設計図をインプットしておいて後から選択できるようにしましょう。」
「チーフ。生物に対抗する手段は慎重に検討する必要があります。無意味な殺生は控えるべきです。」
「あぁ、すみません。私も君と同意見です。紹介が遅れました。生物学の権威、ドクター成澤です。生物に対抗する手段について助言を得るために私が招いたんです。ドクター。お願いします。」
「成澤です。早速本題に入りますが、生物の多くは自分より大きな生物を避ける傾向にあります。今回開発する無人機はトラックほどの大きさと伺っていますから、ほとんどの生物は無闇に近寄ってきたりしないでしょう。無人機より小さい生物が対峙する姿勢をとる場合は、生物学的に対峙する理由があると考えられます。つまり、無人機が対峙する生物は、無人機より大きいか、縄張り意識が強いか、もしくは群れを守ろうとしているか、に大別できます。」「この様な生物に対し、どの様な対応をするかは、あなた方に任せるほかありませんが、幸い、先程の話を聞く限り、可能な限り生態系を傷つけない方針の様ですので、理想的な対応策をお話しします。まず第一に、多くの生物は「音」に大変敏感です。あらゆる情報をこの音から得ています。よって、大音響の警告音で追い払うというのが効果的でしょう。
さらにもう一つ、「におい」です。人工的に合成した刺激臭は生物に対して十分威嚇として機能するでしょう。「熱」も有効な手段ですが、調査の性格上、採用はお勧めしません。これら威嚇によっても生物が立ち去らない場合、または、攻撃行動を取った場合はより直接的な対処が必要です。理想は高圧の水などによってその場から弾き飛ばすというものですが、装備が大掛かりになります。現実的には、スタンガンが最も適していると思います。設定電圧は地球の生物を参考にするしかありませんが、現地で対峙する生物の大きさ、おおよその形態から電圧を調整する機能が望ましいでしょう。それでも敵対する場合は殺傷するしか選択肢はありません。あくまで、調査の性格上の判断ですが。」
成澤は非常に丁寧な助言をしてくれた。しかし、言葉の端々から生物に対する慈しみが感じられた。生物を研究する彼からすれば、地球のみならず、遥か彼方の別の星の生態系まで破壊しようという、方舟計画は歓迎できるものではないだろう。人類が移民するということは、即ち地球と同じく、多くの生物の生活圏を奪うことなのだ。しかし、それでも成澤は出来る限り生態系を保った上で、人類の大きな一歩を支えようとこの計画に参加してくれていた。
「ドクター成澤、生物対策のために、我々のチームに参加して頂けませんか?我々としても無闇に生態系を破壊したくありません。必要な手段は出来る限り取っておきたいのです。」成澤はハンスの要望に対し「喜んで参加させて頂きます。」と短く返した。
「ありがとう。それでは、本日までに決定された性能要求に従って開発を開始します。よろしくお願いします!」
こうして、ようやく計画は前進したのだった。




