計画3
区切りがつかず、少々長くなってしまいました。読みづらいと感じた場合はお知らせください。分割します。
翌朝、立川との電話のやり取りの結果、小林は再び神奈川県の宇宙技術研究所へ向かっていた。計画の重大さから、研究所の所長に直接計画の支持をお願いするためだ。立川が既に大まかな計画の概要を伝え、所長が小林を呼び出したのだ。
昨日訪れたばかりの受付で用件を伝える。「小林と申します。所長の宮園様とお約束があり伺いました。」「小林様ですね。伺っております。恐れ入りますが三階までお上がりください。突き当たりを右側にお進み頂くと、所長室がございます。」
小林は指示通り進み、所長室の扉をノックする。「どうぞ。」短く入室を促す声が聞こえ、小林は扉を開ける。初老の研究者と立川が小林を迎えた。挨拶もそこそこに小林は宮園に対し、自身の計画を説明した。所々立川が補足し、説明を終える。「なるほど。大まかには立川くんから伺っていましたが、確かに驚くべき大変な話だ。しかし、仮に我々が貴方の計画を支持するとしても、政府を動かすことができますかな?我々も信念を持って宇宙を研究している身です。これまで数限りなく、研究の提案を行なってきた。予算を割り当てて欲しいと。貴方の計画よりずっと現実的で、確実性のある提案です。しかし、そのほとんどは書類で提案した段階で、有無を言わせず棄却されてきました。貴方が考えるほど、政府を動かす事は簡単ではないのです。」
「はい。勿論分かっているつもりです。しかし、まずは一つずつ明らかにしていきたいと思います。率直にお答え頂きたい。私の計画は技術的、科学的に実現可能でしょうか。予算を無視した視点からお考えください。政府も全面的に計画を支持するものとして。立川さんにこの条件で仮定していただいた結果、可能性はあるとお答え頂きました。宮園さんはいかがお考えでしょうか。」「その件も立川君から伺っています。答えは立川君と同じ、実現可能でしょう。しかし、この仮定には何の意味もない。我々は今、まさに予算の問題と政府の方針を踏まえて議論しているのですから。」「宮園さんのお考えはごもっともです。しかし、私にとっては科学的に実現可能かどうかが最も重要な点なのです。ようやく、宮園さんの質問にお答えします。私の計画が科学的に実現可能なのであれば、政府を動かす事ができると確信しています。」小林は言い切った。
「政府を動かす大きな問題は日本に何をもたらすか、という点でしょう。まず第一に宇宙関連技術の需要増加による経済的恩恵。次に、核融合技術を人類に普及させるという、人類史上類を見ない国際貢献によって、日本の国際的地位を高められるという点。そして、天体開発による資源、領土の獲得。これら三点の利点によって政府を動かします。一番重要なのは技術的な優位性でしょう。新しい通信規格6G、核融合技術、センサー、ロボット、太陽光発電技術。日本がリードするこれらの技術の産業は更なる飛躍的な発展を遂げるでしょう。国際貢献できる上に、自国の経済にも莫大な利益を呼び込むのです。反対する理由はないでしょう。
予算に関しては国際協調のもとで計画を運営し、各国で分担します。一国のみでこれ程大きな計画は実現しません。全人類一丸となって宇宙に進出する時だと、説得するんです。」
宮園はうーんと唸って、語り出す。「君は政治家になるべきかもしれないな。私では反論は難しい様だ。認めるよ。これは本当に人類の夢が実現するかもしれない。急いで提案書として用意するよ。計画の詳しい話を聞かせてくれ。」
その後、提案書の作成は深夜まで及び、JAXA公式の提案書として完成した。
翌日、さゆりと吉田に連絡を取り、急遽霞ヶ関の駅近くにあるカフェに集まった。何とこの日は、宮園、立川が同席し、政府に対し働きかける算段だった。その作戦を練るためにさゆりと吉田は呼び出されたのであった。「よーう!忙しいのにすまんな!」官僚の二人が現れ、小林は挨拶を交わす。宮園、立川もそれぞれ挨拶を交わし、飲み物を注文した後、早速話し合いが始まる。「基本的な計画は以前話した通り。それをこちらのJAXA宇宙技術研究所の研究者二人に支持して貰って、計画の科学的根拠を示す。その後に日本がこの計画でどんなメリットを手にするかを示し、最後に、日本一国では実現できないので、国際的な同意を得るよう働きかけてもらう。この構成で交渉しようと思う。誰か意見があったら話して下さい。」吉田が真っ先に声を上げた。「この話の流れなら、文部科学省が最初の交渉先になる。研究開発局の宇宙開発利用課の課長と知り合いだ。俺がアポ取ってみるよ。それにしても、もう少し相談くれてから話進めて欲しかったぜ。まぁ、友達の頼みなら仕方がないけどな!」吉田がキメ顔で語りかけてくる。「あ、ごめん吉田。さゆりには昨日相談したんやけど、お前に言うの忘れてたわ。」小林のその言葉を聞き、先ほどのキメ顔はどこへやら、吉田はしょんぼりと肩を落とした。そんな吉田をよそに、さゆりが話を進める。「文部科学省の後は、外務省、経済産業省、総務省、財務省、内閣府がそれぞれ担当職員を出席させた合同検討会が開かれると思う。正直、計画が大きすぎてどこが出席するか分からんけど、JAXAが計画を支持するっていうのは、どの段階でも相当効果あると思う。本音を言えば、政治家の味方がおったら、なお良かったけど。」小林は、しまった!っという顔をして、申し訳なさそうに話し出した。「ごめん。言い忘れてた。同窓会で会った、内閣官房副長官の中島さんに今日の朝メールで計画の進捗具合を知らせてん。そしたら、今日の3時ごろ内閣府庁に来てくれって秘書の人から連絡あった。だから、政治家の味方作れるかも。」その場の全員に、先に言えよ、とツッコミを頂き、小林はペコペコと頭を下げるのであった。
中島との約束の時間。内閣府庁の会議室にカフェで集まった五人が通された。全員で計画を説明する事となったのだ。大きな楕円形の会議机が部屋の真ん中に置かれ、スクリーンが壁に設置されている。映画で大統領や、内閣総理大臣らが会議で使用する、どっしりと重みのある会議室だ。
暫く待っていると、中島が到着した。「待たせてしまってすまなかった。会議が長引いてしまってね。いやぁ、お久しぶりです宮園さん。まさか貴方までお越し頂けるとは思ってもみませんでした。」「お久しぶりです、中島さん。ここの小林君に魅了されて研究を放り出して来てしまいました。」小林が驚いた面持ちで二人に話しかける。「お二人に面識がおありとは存じ上げませんでした。」「宮園さんとは二十年来の仲でね、色々と世話になってきたんだよ。」「世話になっているのは私の方ですよ。はやぶさの打ち上げの際はお骨折り頂き本当にありがとうございました。」二人はにこやかに旧交を温めていた。「ところで小林君。宮園さんが一緒という事は小林君の壮大な計画は順調のようだね?」「はい。中島様のご助力でこちらのお二方から私の計画について、科学的に実現可能であると支持を頂く事ができました。改めてお礼申し上げます。」「私は少し話を聞いてやってくれと口添えしただけだからね。宮園さん達から支持を得られたのは君のアイデアが良かったんだよ。それで?人類は新天地を得られそうかね?」「はい。人類が移民できる可能性があり、技術的にも、予算的にも実現可能な天体への移民の計画です。」小林は言い切った。「天体への到達方法の詳細はJAXAのお二人に提案書としてまとめて頂きました。これがその提案書です。」小林は中島へ提案書を手渡す。「おおよそは箱舟大学同窓会で私が話した内容ですが、より具体的に、現在判明している候補の天体、天体到達に必要になる速度、到達に必要な時間等の試算を纏めました。」「ふむ。・・なるほど。しかし、予算はどうするんだい?それに、日本がこの計画を進める理由も用意しないと政府は動かせないよ?」「無論承知しております。予算に関しては現段階では見積もる事はできません。しかし100兆円以上必要である事は間違いありません。予算はプロジェクトに参加する全ての国で分担して負担します。予算に関しては政府の皆さんと議論を深める必要があるでしょう。
日本がこのプロジェクトを進める上でのメリットですが、日本はこのプロジェクトで最も重要な技術である、核融合技術と最新通信規格6Gで世界をリードしています。さらに、ロボット、宇宙関連技術でも世界シェア上位を占めている。これらの産業は計画の実行に伴い飛躍的な発展を遂げるでしょう。」
中島が思い出したように語り出す。「そう言えば、各国の協力を引き出すために核融合技術を渡すと君は言っていたね。渡すとは具体的にどうするのかね?技術の情報の開示か、特許の無償提供かね?」「特許の無償提供が望ましいでしょう。世界に安定的な核融合技術を広めた、という国際貢献の実績が得られます。また、各国が核融合による発電を導入するとなれば、生産面でのノウハウや製造難易度の点から日本、EUどちらかに生産を依頼するでしょう。幸い、核融合炉の基幹部品は日本が作っており、EUに対し日本が技術的優位性を持っています。技術を秘匿するのではなく、あえて特許の無償提供を行うことによって、核融合による発電方法が世界に普及すればするほど日本は莫大な富を得られるのです。まさに一石二鳥の選択となるでしょう。」
「なるほど。・・なるほど。」中島は熟慮する様に顎をさすっている。数瞬の後、中島は小林を探るような、それでいて楽しむような眼差しで見つめ、質問した。「君は、この計画をやり切る自信はあるかね?」「やり切る、とはどういった意味でしょうか?」「この計画は国益になる、素晴らしいアイデアだ。勿論政府は全力でサポートしよう。しかし、君が始めた計画だ。責任者は君で、君が主導で世界各国をまとめ上げなければならない。それが君にできるかな?」中島はいよいよ子供の様なキラキラとした眼差しで小林を見つめている。「・・正直に申し上げますが、計画が認められた後の事は全く頭にありませんでした。私の中で、計画を認めて貰えれば、後は勝手に実現まで進んでいく、と考えていたんだと思います。・・でも、これだけの事をするチャンスが巡ってきたんです。「できるのにやらない」が私の一番嫌いな事なんです。・・・だから私の全てをかけて、この計画をやり切ります。どうか、お力をお貸しください。」小林は中島へ深々と頭を下げた。「君の決意はよく伝わった。これから忙しくなる、覚悟してくれたまえ。私は必要な根回しに奔走するとしよう。君たちはここで暫く待っていてくれ。必ず今日中に君たちの口からこの話を聞かせなければならない人達を連れてこよう。」中島は同窓会で見せた柔らかな笑みを見せ、会議室を後にした。「はぁ。疲れた。ほんまに疲れた。人生で一番頑張ったわ。」「小林、お前すごいな。なんで政治家にならんかったん。絶対なるべきやで。まぁ、皆んなで全力でサポートするから、大船に乗ったつもりで頑張ろー!」「吉田。お前ええやつやな。ちょっとうるさいけど。」みんながクスクスと笑い、吉田はしょんぼりと椅子に腰掛けた。
三十分ほど待っただろうか。会議室の扉をノックする音が聞こえ、中島と二人の政府要人が入室してきた。「皆んな、待たせたね。杉浦内閣総理大臣と井手口内閣官房長官だ。」
小林はこの後のことをはっきりと覚えていない。
気がつくと宿泊しているホテルのベッドの上だった。緊張しつつも、計画の説明を行い、日本政府として全面的に計画を支持する。と、回答を得られた事、後日計画に必要な根回しが済み次第、連絡すると言われた事、それのみが頭に残っている。
時刻は午前3時。のっそりと立ち上がり、部屋のカーテンを開き、窓を開ける。9月の生温い風が頬を撫で、それでも小林の心は晴れやかだった。満点の星空が、温かく見守ってくれている。そんな気がしたから。




