計画
2030年9月7日、小林は大阪から神奈川県相模原市へ向かう新幹線の中にいた。たまたま出席した同窓会で、元クラスメイトがたまたま国家公務員として働いており、たまたま母校の名誉理事長が内閣官房副長官で、これまた、たまたま自分の夢想を追い求めるチャンスが巡ってきた。どんな確率だろうか。しかもそれがつい2日前の出来事。同窓会の翌日にはJAXAの宇宙科学研究所の立川という人物から電話が来た。「急で申し訳ないが、明日なら時間が取れる。もし時間があるのならば神奈川県まで来て欲しい」と言われれば、お願いする立場の小林としては行くしかない。
電車を乗り継ぎ、宇宙科学研究所に到着した小林は、なんだか大学みたいだなという感想を抱いた。大学の校舎のような建物が立ち並ぶ中、案内図を頼りに受付まで進む。「こんにちは。私は小林と申します。本日2時に立川様とお約束があり伺いました。」「小林様ですね。伺っております。少々お待ちください。」しばらくして、白衣を纏った男性が廊下から姿を表す。「はやぶさ3開発チームの立川です。」ぶっきらぼうに立川は名乗った。髪の毛は短く揃えているが白衣は皺々で、くすんだ四角い眼鏡がどこか野暮ったい印象を持たせる。「小林です。お時間を頂きありがとうございます。」「よろしく。立ち話もなんですから、私の研究室で伺いましょう。」立川の研究室は受付のあった建物の二階にあった。
「おかけください。それでは小林さん、時間もありませんし、早速ご用件を伺いたいのですが。」「はい。ありがとうございます。お伺いしたい事は、人類が居住可能な惑星に今後15年で到達する事は可能か、という事です。」「無理ですね。」立川は、にべもなく、またか、という呆れすら感じられる表情で言い切った。「あらゆる方法を組み合わせても不可能ですか?核融合等最新の技術を考慮したとしても不可能でしょうか。」「確かに核融合は非常に素晴らしい技術です。しかし現状、反応を維持するには非常に大規模な設備と膨大な予算が必要です。今の技術ではロケットに搭載する事は不可能です。将来的には十分期待できる技術ではありますが。有人探査の手法は過去の技術者達がこぞって、それこそあらゆる方法を考案してきました。しかし、技術的、予算的背景からその殆どが構想の段階で終わっています。」「潤沢な予算があればどうでしょうか。核融合によって我が国は途方もない利益を享受するはずです。その資金を使った場合を考えてみてください。」「いかに潤沢な予算といえども、一国の用意できる金額で宇宙技術の開発は出来ないんです。その為に、世界各国が共同で宇宙技術開発を行っています。一般の人が考えるよりも遥かに莫大なお金がかかるんです。」「分かりました。それでは、資金の問題が無い、と仮定した場合を考えてみてください。何兆円だろうが、100兆円だろうが用意できると仮定して、それでも不可能でしょうか。」立川は理解できない物を見るような目で小林をじっと見やった。「仮に・・うーん、仮に予算を無視するとなると、しかし、日本の研究者だけではやはり不可能です。ざっと考えるだけでも、エンジン、各種センサー、探査機、速度に耐える船体、通信装置。何もかもを新規に設計し直さないといけない。開発にもどれだけかかるか。いやそもそも光速は出せないから時間がかかりすぎる。パワードスイングバイの加速を利用するにしても・・・」立川は小林に語りかけながら、殆ど自分と話しをしていた。予算の心配が無いというのは、科学者にとって非常に心躍るシチュエーションなのだ。暫く待って、小林は立川の思考に割って入る。「例えばですよ。地球から一光年の距離に居住の可能性がある惑星があったとします。今のロケットの技術だと秒速約15kmの速さですよね。そうすると大体2万年かかる計算です。これを十年ぐらいにしたい。月面に長大なマスドライバーを建設してそこから射出してはどうでしょう。後はスイングバイと核融合エンジンの加速でどれくらいの速度になると思いますか?」「核融合エンジンは理論上秒速200km、さらに連続してトリチウム等の燃料を核融合反応させることにより加速し続けられます。計算上では最終的に秒速15万kmまで加速可能です。
スイングバイは惑星の質量と公転速度によって得られる加速度が異なります。例を挙げると、はやぶさの地球スイングバイの場合だと1.6km加速しました。月面に大きなマスドライバーを置くと言うのは賛成です。」この時点で、立川に対する印象が徐々に変わって来ていると小林は感じていた。会話の始めにあった野暮ったい雰囲気は、もやは彼から感じられない。「うーん。やはり速度が圧倒的に足りませんね。あっ!ブラックホールでスイングバイを行えませんか?」立川は困った顔をして目を閉じてしまった。しかし、それは一瞬の事であり、直ぐに質問に答えてくれる。「また理論上の話にはなりますが、ブラックホールを用いたスイングバイは可能です。確かにこの場合は光速の40%程度まで加速することができます。しかし、理想的な位置の二つのブラックホールが必要です。さらに、スイングバイする方向に目的の惑星が無ければなりません。」はやる気持ちを抑えきれず、小林は質問する。「今日までに発見されている惑星の中に条件に当てはまる物はありますか?」立川は小さなため息をもらし、「それは私の専門分野外の質問です。詳しい者に確認しましょう。直ぐに答えてくれますよ。」と今日初めて笑顔を見せてくれた。




