プロローグ
小林雄二は丸顔で、小太り。齢28歳でありながら身に纏う雰囲気はどこか幼げで、人懐っこく、なぜか印象に残る、そんな人物だった。そして彼は夢想家だった。あるとき彼は大学の同窓会に出席する。大学を出て一度も出席した事がなかった彼がどうしてこのとき出席しようと思ったのか、彼にも分からない。しかしこの行動が、人類の歴史を大きく動かすことになる。
俺は招待状を渡し、受付を済ませる。座席表を元にテーブルを探し、元クラスメイトに早速声を掛けた。「よう!久しぶり!みんな全然変わらんな!」小林が着席した時にはテーブルに三人がすでに揃っていた。「お前は太ったな!」たわいもない会話が続く。「まぁ飲め飲め。ところで小林は仕事なにしてるん?」突然男が話しかけて来る。「営業やってる。ところでお前誰やっけ。」「は?まじで覚えてへんの?吉田や!英語の小テストいつも一緒に再テスト受けてたやろ!忘れたんか!?」「ああ、吉田か久しぶり。・・吉田はなにしてんの?」「絶対思い出してへんやろ・・。俺は経済産業省で働いてる。」「マジで?すご。」そんな会話に割り込んで来る女性二人組。「吉田くん公務員なんや!すごーい。さゆりと同じやん。」「私外務省やで。霞が関で会わんから全然知らんかった。陽子は携帯のショップ店員やっけ?」「そうそう。最近6Gが導入されて、覚えることめっちゃ多いからしんどいねん。」今年、2030年に実用化された新たな通信規格6Gは5Gの10倍の超高速、大容量通信技術である。世界中で急速に普及しており、地球、宇宙間の通信への活用も期待されている最新技術だ。
「えー、それでは、2025年度箱舟大学卒業生同窓会を開催します。織田理事長から挨拶があります。」壇上に登った理事長が延々と挨拶を述べている。
「さっきの話やけど6Gはほんまにすごい。先月、経済産業省主催で無人潜水艇の遠隔操作実験をやってん。マリアナ海溝の最深部の調査を地上から遠隔操作するって言う実験。その実験で潜水艇が遅延なく正確な作業をしたって世界中で話題になってたの知らん?」「あ、それ知ってる。営業の合間にニュースで見たわ。」「それそれ。日本がこの分野で世界をリードしてるから、アメリカ、EUからめちゃくちゃアプローチあるらしい。」さゆりが堪え切れず、興奮気味に話し出す。「そーやねん。おかげでめっちゃ忙しい。先週はアメリカのベンジャミン大統領、今週は中国のヤオ国家主席。ほんまてんてこ舞いやわ。」「あ、それも昨日のニュースで見た。営業の合間に」「せやろ、なんかアメリカは宇宙探査機に6G規格の通信機載せたいらしくて石破総理とめっちゃアポ取ってる。」やはり共通の話題が上がると愚痴も言いたくなるのか、その後も三人は盛り上がっていた。
「・・・・それでは箱舟大学卒業生皆さんの一層のご健勝を祈念致しまして挨拶とさせていただきます。乾杯!」理事長の挨拶が終わり、考えていたことを口にする。「なあ吉田、日本のはやぶさはその6G規格の通信機載せるんか?」「お、小林いい所突いて来るねぇ。そうやねん。今まさにその計画が始まってん。今までは技術確証のある旧式の通信規格やったけど、6Gやったら一気に50倍の通信量と通信速度で新しい発見が期待されてるねん!」「なるほど。しかも他の惑星の位置が後15年でスイングバイに最適な配置なんやろ?」「良く知ってんな。そう。だからそのタイミングではやぶさ3を打ち上げる計画やねん。」「なぁさゆり、アメリカ、EU、中国も15年後に探査衛星打ち上げるんか?」「う〜ん、アメリカと中国は打ち上げ目指してる。EUは予算が付けばって感じかな。ブレグジットで財政難やから。」「じゃあさ、いっその事、国際共同で打ち上げたらどうやろ。この間のニュースで寿命を迎えるICBMが世界で100発もあるって言うてたやん?そのロケットで探査機100機一気に打ち上げたら宇宙探査進むんちゃん。」二人は暫く何も言わなかった。吉田は何度か口を開けるが、言葉が出てこない。さゆりは真剣な顔で小林の顔を見つめる。小林は二人に再び尋ねる。「それぞれの国の思惑もあるやろうけどさ、エネルギー問題は解決の糸口が見つかった訳やし、一回ぐらい世界が纏まって人類の為になんかやる時違う?」そう。2030年、ついに人類は核融合発電技術を手に入れていた。理論上無限のエネルギー源であるこの発電方法を日本、EU主導の下で実用化に成功したのだ。まだまだ全世界にこの発電設備が広まるには費用が掛かりすぎるが、日本とフランスは急ピッチでこの夢の発電所を建造しており、アメリカ、ロシア、中国がその後を追っている。「でもさ、小林の言う事は分かるけど、探査機の開発には時間が掛かるし、探査対象の選別とかさ・・」「そうだよ、それに、そんな大規模なプロジェクトの交渉なんかそれこそ何年掛かるか分からん。」「調査対象は居住可能な惑星と生命の存在する可能性のある惑星を近い順に選べばいい。そのための天体観測だった訳だし。探査していない方向にも唯の探査のために飛ばしてもいい。設計は確かに時間が掛かるけど、既存の物の組み合わせと、核融合でどうにかならんの?交渉は簡単やろ。核融合の技術を渡せばいい。細い条件は知らんけどアメリカと中国は飛びつくやろ。」「何やら面白そうな話をしているね。私も混ぜてくれないか。」俺たちの会話に割って入ってきた人物は中島正三。内閣官房副長官にして箱舟大学名誉理事長その人であった。
「「中島先生!?」」思わぬ大物の登場に官僚の二人は飛びあがった。「ああ、驚かせてしまって悪かったね。探査機がどうとか聞こえたものだから。私のことは気にせず、さあ続けて。」齢63歳の中島は話す相手に落ち着きを与えるような独特の口調で俺たちに続きを促す。「俺は真剣に国際協力で探査機を打ち上げるべきだと思う。2023年に僅か1光年の距離に居住可能な惑星の可能性が報告されている。探査だけじゃない。核融合が実現した今こそ、人類が宇宙に進出して、第二の地球を手に入れる時だ。」「でもな小林、俺ら経済産業省での議論では、核融合炉の小型化には少なくとも5年は掛かる見通しだった。商用発電所のサイズで、だぞ。宇宙船に載せるほど小型化するなんて何年掛かるか分からん。」「だからこその国際協力だ。日本だけじゃない。世界中の叡智を集めるんだ。核融合は日本とEUが主導だった。中国やアメリカなんてほとんど何もしてない。世界1位と2位の経済大国が協力するんだぞ、それだけじゃない。文字通り全世界の叡智だ。できるよ。」小林は微塵も疑っていない、自信に満ちた表情で言い切った。「ふむ。なるほど、そう言う話か。しかし小林くん些か楽観的すぎるんじゃないかね。1.3光年と言っても今のロケット技術では二万年掛かる距離なんだよ?技術の進歩でどれだけこの時間を埋められると思っているのかね?」中島のゆったりとした問いかけは優しさを感じさせるものだった。どこか分からずやな生徒に根気強く教えを説く様な響がある。しかし、その眼光には探る様な、面白がっている様な光が灯っている。「その計算は秒速15kmで移動した時の計算です。例えば倍の30kmなら一万年。理論上は秒速3万km出すことができれば10年で1光年進む事ができます。10年の航行くらい我慢できるでしょう?思い付きですが、例えば、月面に長大なマスドライバーを建設します。マスドライバーで仮に秒速10kmを出せるとしましょう。更に複数回のスイングバイで10km。最も重要なのはロケットエンジンです。ロケットで50km、核融合エンジンなら加速し続けられるかも知れない。、考えてみる価値はあると思います。」小林は大島に自分の考えをゆっくりと話した。どんな場面でも、信じたことははっきりと相手に伝える事ができる、それが小林の良いところであった。「んーん。そこまで信じているのなら、一度専門家と話してみるといい。私のような素人には技術的な事は分からないからねぇ。私からJAXAの人間にアポイントを取ってあげよう。」大島の提案に皆が驚いた。政府の要人ともいうべき政治家が、どこの馬の骨とも知れぬ若僧の話に興味を示したのだ。細かい事は後日秘書から連絡させる、と言い残し大島は他のテーブルへ向かった。
「お前変わったな。」「太っただけちゃうやろ?」小林がにやりと笑った。




