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方舟  作者: ゆめゆめゆめみ
第2章
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対策



キギスからブラックホールの重力に関するデータを受け取り、計画破綻の危機を知った管制室は悲痛な沈黙で満ちていた。しかし、この状況で岡部は冷静であった。


「今すぐに全てのデータを分析し直せ。全員でこの困難に立ち向かうんだ。・・って言いたいところだけどね。今は深夜2時だ。私みたいにまだ頭が半分寝ている者も多い。今はこの事実を受け止めて、しっかり休んで明日に備えて欲しい。いいか。全員今すぐにベッドに向かうんだ。明日の朝、9時きっかりに全員揃って、この危機に立ち向かおう。家に帰る者は絶対に事故を起こすな。君たちが一人でも欠ければ、この計画は本当に破綻してしまうかもしれない。では解散。」


これだけ言い残して岡部は管制センター内にある宿舎へ本当に帰ってしまった。呆気に取られる職員達であったが、岡部の大胆さに救われる思いであった。確かに、緊急事態に見舞われ、アドレナリンが大量に分泌された頭では冷静な分析などできるはずもなかったからだ。


そして迎えた翌日。岡部が9時ちょうどに管制室に入ると、職員全員が闘志に燃えた表情で岡部を出迎えた。


岡部はその気迫に苦笑いを浮かべ挨拶する。

「みんなおはよう。言いつけ通り寝たかい?・・どうも怪しいな。まぁいい。」


岡部はここで言葉を区切り、仕切り直す様に、ぐっ、と表情を引き締め指示を出す。


「これより、キギスからもたらされたデータの分析を行う。仮にこのデータが事実であれば、我々は窮地に立たされる事となる。しかし、最後の瞬間まで、我々が諦める事は許されない。皆んなで人類の希望を守るんだ。」

岡部は職員全員を三班に分け、分析にあたらせた。第一班は送られてきたデータから、キギス本体の動作が正常か調査する。第二班は送られてきたデータの整合性を調査し、第三班は仮にデータが正しかった場合の対処法を模索する。


岡部が全員に休息を取らせた事は、正に正解だった。全員が自分の使命を理解し、十分な体力とモチベーションによって、データの解析は順調に進んでいた。調査が進むにつれ、幾つかの事実が判明する。一つは、キギスはプログラムされた通り完璧に動作しており、センサー類にも許容値以上の誤差は認められなかった事。もう一つはブラックホールから観測された重力の値が誤って計算されていたと言う事であった。キギスに搭載されているスーパーコンピュータは演算処理時、値が10の累乗±9乗以上になると正しく計算できないバグが存在していたのだ。このバグは今日のコンピュータでは類似の現象が多く報告されており、珍しいものでは無かった。すぐさま修正プログラムがキギスに送信され、管制センターで正しい計算が行われた。その結果、ブラックホールの重力は想定された値を12%上回ると言う事が断定された。そして、このことによって現状ではブラックホールを用いたスイングバイは不可能であると言う事が改めて確認された。


報告を受け、岡部は再び職員全員を集め、この事実を伝えた。そして改めてこの窮地を脱するための方法を探るよう指示する。


「今伝えた通り、我々は5パーセントの重力差を克服しなければならない。所属も専門も関係無く、思いついた事を全て発言してくれ。」


「一番簡単なのは核融合エンジンの推力を上げる事だと思う。核融合のサイクルを早めると推力は上がらないか?」


この疑問に答えたのはJAXA所属の航行管制班、核融合推進課の宮田であった。

「残念ながら不可能だ。核融合のサイクルは最大の推力が得られるように、緻密に計算された上で決定されている。この最適なサイクルから外れたパターンでは如何なるサイクルでも現状以上の推力は得られない。」


核融合エンジンを手にした人類であったが、現時点で生み出せる推力の限界をもって、ようやくブラックホールのスイングバイを利用することができるのだ。


「では、探査機の一部を投機するというのはどうでしょうか。重量が減れば、加速に必要な力も減ります。結果的に現状よりも加速できるでしょう?」


「確かに、一考の価値はある。プランの一つとして、検討しよう。」


「あの!いいでしょうか。我々は幸運にも一年前倒しで計画を進める事ができています。進捗時計もちょうどマイナス一年を示しています。ですから、光速の34%ではなく、30%を目標でもいいんじゃないでしょうか。ブラックホールからの脱出地点をキギスの推力の許容量いっぱいに変更するんです。ようは、行けるところまで行って諦める作戦です!」


「ふーむ。なるほど、この発想は無かった。宮田君、どう思う?時間の猶予は一年だ。キギスの推力でスイングバイ可能な地点はあるかね?」


「詳細に計算してみなければなんとも・・いや、脱出用の2番3番エンジンをブラックホールの手前で点火して、新たな脱出地点で切り離せばあるいは・・・早速計算してみます!皆んな手伝ってくれ!」


職員は祈るような思いで計算を行った。同時に、この方法ならいけるかもしれない、と皆が思っていた。エンジンの推力を上げる事はかなわない。つまり、有力なプランは、このひとつしか無いのだ。


そして、2日に及ぶ計算の結果が岡部に伝えられる。


「皆知っての通り、探査船、開発船には、従来のシャトル型の本体とは別に、ブラックホール脱出用エンジンが搭載されています。一番大きな一番エンジン。そしてその両隣に2番、3番エンジンがあるわけですが、ブラックホール手前で2,3番エンジンに点火し、加速。その後新しく設定した深度の浅い脱出地点で一番エンジン点火と同時に2番、3番エンジンを切り離す事により、運動量保存の法則によって更に加速し、ブラックホールの重力を突破する速度を得られると結論付けられました。このスイングバイによって光速の30%まで加速できます。航行スケジュールでは一年の遅れですが、計画的には遅れは生じません。この方法なら計画を続けることが可能でしょう!」


職員全員が自信に満ちた顔で頷き合った。


「ありがとう。君達のおかげで計画は続けられる。皆んな午後からは臨時で休暇を取ってくれ。私は航行プランの変更を小林君たち運営委員会に報告してくる。宮田君ついて来てくれ。」


岡部と宮田は管制センターを出て、会議室に向かう。報告はほぼ全てをオンラインで行い、時間の浪費を極力避ける方針が取られているのだ。


「岡部チーフ。これ程簡単に問題が解決するとは思ってもみませんでした。正直、計画は破綻だと私は感じていましたから。」


「気持ちは分かるよ。実は私もかなり危ないと思っていた。しかし、私が諦めてしまっては皆んなに申し訳ないんだ。素晴らしい人材ばかりだからね。可能性がゼロにならない限りリーダーである私は諦めない。個人としては分からんがね。」


こういう人が上に立っていてくれるから職員全員が伸び伸びと仕事ができる。そう宮田は感じていた。


運営委員会には事前に重要な報告があると通達していたおかげで、全員とオンラインで繋がる事ができた。


キギスからブラックホールの正確な重力に関するデータを受け取った事、想定を超える誤差のため、現状の航行スケジュールでは計画が破綻する事を報告した。そして、解決策として探査船、開発船の目標到着を一年後ろ倒しにする事で計画の継続が可能となる提案を行った。

全体のスケジュールでは遅れが出ない事を説明し、解決策の承認を得ることができた。


有人船の航行スケジュールは探査船等よりも更に綿密に計算されている。生身の人間を乗せて加速しなければならない有人船は、加速度に上限があるのだ。よって、有人船のスケジュールを変える事はできない。探査船等のスケジュールの調整で問題を解決できるこの解決策は 正に計画を救う一手であった。







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