有人開発船
探査船の打ち上げ成功を受け、有人船の開発が進められていた。核融合エンジンについては、探査船のデータを元にさらなる改良が加えられる予定であったが、基礎の設計は探査船の物を流用する方針が取られた。
この日、探査船、開発船の設計開発を担当したハンス、そして統括リーダーとして岡部らが有人船開発チームとして会議に出席していた。
「やはり、10年という歳月を宇宙空間で過ごすわけですから、重力の問題は解決しなければならない。仮に重力対策をしないまま有人船が目的の天体に到着した場合、乗組員は著しい筋力低下、骨密度低下等の影響によって、重力下での生活は不可能となるでしょう。」
岡部がそう懸念するのは無理からぬ事だった。彼の友人の宇宙飛行士が、5ヶ月にも及ぶ国際宇宙ステーションでのミッションを終え地球に帰還した時、自力では歩行できなかった。その光景を鮮明に覚えている岡部が無重力が人体に与える影響を危惧するのは当然の帰結であろう。もっとも、宇宙に関わる者であれば無重力が人体へ与える影響については、共通の認識である事も間違い無かった。
「既存の考え方を用いるとするならば、遠心力を用いて擬似的な重力を発生させ、これを利用するしかありません。しかし、この原理を用いるのであれば、有人船は非常に大きな円周を持つ構造体となるでしょう。」
ここで、JAXA所属のナガセが声を上げる。
「電磁石の原理を利用するというのはどうでしょうか。電気が流れると磁界を発生させる様な特殊なスーツを用いれば、任意の電力供給源向かって、引き付けられる抵抗が発生し、擬似的な重力として作用すると思うんです。
地球上の人体に対する重力の影響をパラメーターで観測して、その影響をスーツ着用時に再現することが出来れば、歩行などの運動によって人体の衰えを阻止できるんじゃないでしょうか。
問題点としては、船内では常時専用のスーツを着用する事になりますから、磁界が人体に影響を及ぼさない様に、磁界の影響を遮断する装置が必要となるでしょう。
人間が行き来するあらゆる場所でワイヤレス充電の技術を用いた給電をスーツに行う事によって、船内の行動の選択肢は無限に広がります。」
この会議後、「ナガセ案」はすぐさま研究が行われることとなる。
幸いにも、磁界を遮断する繊維の開発を行っていた日本の企業があり、スーツの問題点はすぐさま解決され、画期的な無重力対策は正式に採用される。
「スーツのアイデアを採用すると仮定して、有人船の船体が宇宙空間、そして天体内で必要とする性能について議論しよう。」
「船に求められる最も重要なことは、乗組員を安全に目標の天体まで運び、天体到着後は拠点として機能することだ。重力下において、拠点としての機能にそれほど多くが必要とは思わない。堅牢な居住施設としての機能と、研究開発施設としての機能。それだけでいいのでは無いかな。水や空気は移民に適していると判断された上での派遣なのだから考慮の必要は無く、食糧も自給するしか無い。水耕栽培施設ぐらいは必要かも知れんが、現地の物を食えない様では移民など不可能だ。食料がないのなら撤退するしかない。その場合は大気圏脱出能力が必要となるな。」
「ミッチェル博士の言うとうりでしょう。あれやこれやと機能を増やすよりは、十年と言う未知の時間を宇宙空間で過ごす乗組員達の安全性をまずは確保しなければなりません。
最も大きな問題は物資です。補給船を先行して打ち上げているのですから、航行期間全てを賄う物資のは必要ありませんが、相当面積の貨物室が必要でしょう。」
「本格的な天体開発を行うとなれば様々な重機が必要となります。それらを積載して目標に向かうか、現地で生産する工場としての機能か、そのどちらかが必要となります。」
「いや、今回に限っては寧ろ両方の選択肢が必要だろう。必要最低限の重機は搭載した上で出発するべきだ。それでも必要な重機は膨大な数に登る。多くは現地の資源から作るしかない。この場合は無人開発船の3Dプリンターのアイデアがまた活きることになるな。」
「うむ。やはり、船体の大部分は貨物庫とすべきだな。次に大きな面積を占めるのは核融合エンジンの動力区画。おおよそ、空母のような内部構造となるだろう。」
「空母という話が出たが、これと比べると居住区画、研究区画共に、はるかに多くのスペースが必要となるだろう。乗組員が感じるストレスをできる限り少なくする必要がある。圧迫感は恐怖だよ。しかし、設備的な面では大いに参考にすべきだ。航行期間の長さから考えると、娯楽施設は必ず必要となる。」
このように、会議が進むにつれ、有人船に必要とされる性能がかなり特定され、ここで開発チームは会議から退出し、要求される性能実現に向け急ピッチで作業に取り掛かった。
一方、会議の議題は有人船から、最初の移民団となる乗組員の選定に移っていた。
「どの程度の乗員が必要だろうか?」
「最初の移民団が行う開発の範囲を決定する必要がある。目標が定まらなければ見通しを立てることなどできん。」
「先行無人開発計画では、有人開発団到着後速やかに開発作業が開始できるように、次の条件のもとで拠点を設営するよう開発船にプログラムが施されている。その条件は①できる限り平地であること②可能であれば水源付近であること③気候が安定していること④有害物質、有害生物が存在しないこと。これらが条件だ。」
「では、その条件のもとで拠点が確保されていると仮定して、有人開発はその付近から開始されるというのが自然な流れだろう。となれば、まず初めに、初期の開発で無人機では分析しきれなかった、天体の環境による人体への影響を詳細に分析する必要があると思う。異論は無いだろうか。」
皆が賛成の意思を示す。
「もし人体に影響がないと断定されれば、その後は資源調査、採掘が主な任務となるのではないか。何を作るにしても材料無くして我々は何も生み出せん。移民といえど、我々がやることは田舎の開発と変わらん。食料の確保、住居の確保、そしてエネルギーの確保。これらを行うだけだろう?」
「我々は開発の初期から環境への影響を念頭にしなければなりません。環境破壊は最低限に、天体の生態系と今度こそ共存しなければならないのです。」
「私も同意見です。太陽光などの再生可能エネルギーと核融合のみをエネルギー源として活用すべきでしょう。」
「話が若干逸脱した様に思う。本題に戻ろう。ミッチェル博士の発言の通り、天体の環境が人体に悪影響を及ばさない場合は、資源の調査開発、そして食料確保が第一の開発課題である。これに異論はないかな?」
この意見に異議を唱えるものはいなかった
「よろしい。資源については神のみぞ知るとしか今は言えんが、食料についてはどうだろうか。生態系への影響は配慮されるべき点ではあるが、小麦や米などの作物の種を地球から持ち込めば、一から発見するよりも短期間で食料の問題を解決することができると思う。皆はどう思う?」
「それは最終手段として用意するに止めるべきでしょう。やはり現地調達を第一に考えるべきです。チーフを始めとして皆さん同意見でしょう。」
「うむ。・・ではこれまでの議論から、地質学や物理学などの資源グループ、材料工学やロボット工学などの産業工学グループ、生物、植物、農業などの自然科学グループ、そして医療、建設、採掘等に従事するグループ。これとは別に船を維持し、改良し、運営するグループ。これらの専門家が必要だと判断した。AIによるバックアップを活用するとして、どれだけの人が必要だろうか。」
「拠点周辺のみを開発の範囲と定めるのであれば、それ程多くの人手は必要ありません。資源グループ、自然科学グループは1チーム7名とし、4チーム編成が妥当でしょう。これが三班必要です。フィールドワークに従事する班、研究室で研究する班、そして休暇を取る班。最初のサンプリング、基礎研究はグループ全員で担当して徐々にフェーズ毎にチームを割り当てる。限られた人数で研究を行うのであればこの方法が有効だと思います。我々の研究室ではこの手法をよく使う。人手が足りないものでね。」
「環境に合わせて、開発、調査用の機械の設計や調整をする産業工学チームはオートメーション化の恩恵を最も得られるチームでしょう。そして、既存の技術を最も活かせるチームでもある。よって資源グループの半分程度の人数が妥当ではないでしょうか。」
「医療や建設等に従事する者は研究者とはまた違った専門性が求められる。この分野に精通する者に問い合わせるしかないと思います。」
この日の会議はここで終了し、結論をもとに第一移民団の選定が速やかに開始された。それぞれの専門家、第一人者にも入念な聞き取り調査を行い、有人開発船の乗員は最終的に500人と定められた。




