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終末のダンジョン  作者: .犬
終わりの始まり。
31/35

決戦前夜

 何とも落ち着かない様子のノアスはそわそわ辺りを見渡す。


 ノアスが居る部屋は静かでどこか寂しい空気が混ざっている。部屋は綺麗に整頓されていて、男のノアスが暮していた部屋とは違う何だかいい香りが漂っている。


 ノアスは待ってる間、自分の身体に視線を落として改めて生きている事を実感して不思議な気持になる。そんなノアスが一つ息を吐くと、



「ノアス君。お待たせ」



 違う部屋からエリィの声がして、彼女がノアスの目の前に歩いて来た。


 両手で料理の載った皿を持ったエリィは、モグラの時の格好ではなく、街で見る一人の女性のような服を身に纏っている。綺麗な銀髪は纏められて肩から前の方に垂らしている。



「お、お……」



 普段ノアスが見てきたエリィと余りにも違う容姿に思わず言葉が詰まる。



「はい、お待たせしました」



 エリィはニコッと笑って手作りの料理をテーブルに並べていく。


 不慣れなのか、形が不安定なモノがあるがそれをノアスは口に運ぶ。


 普通だ。



「あの、エリィ。マジでありが――」



 エリィは指でノアスの口を押えて、「もういいから。その話。らしくないよ、ノアス君。あの時にわたしたちの過去は解決したの。良い?」



「うん……いや、まだ解決はしてない」


「え?」エリィはしばらく考えて、「そっか。そうだね。まだ倒してないね」


「十五階層のあいつを」



 ノアスは唾を飲み込んで、眉を顰める。



「そうだね。行こうとしてるんでしょ?」



 エリィはノアスを見透かすように言った。



「ああ。前の時は色々と精神的にも焦って十四階層で死にかけたが、今ならきちんとたどり着ける。全ての始まりの十五階層に」



 ノアスの真剣な表情を見たエリィは、ノアスの手に自分の手を添えて「わたしも行くよ? ノアス君を苦しめた相手。そしてわたしの大切な人を奪った相手だもん。止めても無駄だからね」


「止めてもどうせ来るだろ。ラリムの血を引いてるんなら」



 ノアスの言葉にエリィは満足そうに笑って頷く。直後、エリィの家の扉が叩かれた。



「エリィ。いる?」


「あ、リーリスだ。ちょっと待っててノアス君」



 立ち上がったエリィは、リーリスが待つ玄関の方に向かった。


 しばらくすると、リーリスがノアスの前に顔を現す。



「よっ。元気かな。白狼さん」



 リーリスが口をツンと尖らせて冗談っぽくノアスに言う。



「その言い方は辞めろ」


「フフ。元気そうね」


「リーリス、何か食べる?」



 違う部屋からエリィがリーリスに問いかける。リーリスは、適当に、と答えてノアスの前に座った。



「まさかあの子が料理とは」そう言ってリーリスはテーブルに並ぶ不格好な料理を見て、「まだ練習が必要みたいね」小さく笑う。



ノアスは落とした視線をリーリスに向ける「……ありがとうな。色々と」



「はぁ? 何がありがとうなの?」


「いや、今回の件。色々動いてくれたんだろ? エリィから聞いた。だからありがとうな」



リーリスは目を細めて、「ふーん白狼も随分牙を抜かれたようね。最初の頃は クールって感じだったのに」



「……」


「まあでも、仲直り出来て良かったわね。これを教訓にもうエリィを泣かせない事と、あまり自分で抱え込まない事ね」


「ああ、気を付ける」



 ノアスの返答に満足そうなリーリス。


 やがてエリィが料理を持って来て三人で食べた。


 帰って来る予定が無かったノアスは自分が暮していた宿を出てしまった。


 結果帰って来たノアスは家を無くしていたのだが先日のリーリス、エリィとの食事でそれらの手配をリーリスがしてくれたらしい。


 新しい住居で起きたノアスは朝一番で外に出た。


 まだ太陽が寝起きで薄い霧が街を包んでいる。肌を少し冷やす寒い風を身体で感じながらノアスはエリィと会い、二人は歩き出した。



「場所はどこにしたんだ?」


「街はずれの海が見える丘。キスリングは海が好きだったみたいだから、そこにしたんだ」


「そ喜んでると良いな」


「うん」



 ノアスとエリィが向かった先は人が滅多に来ない海の見える丘だ。


 確かに人気(ひとけ)は感じず、耳を澄ませば波の音が鼓膜を優しく揺らす。


 そんな静かでまるで時が止まったような丘の上に一つの墓石が立っていた。


 墓石には『キスリング』という名前が刻まれている。



「……キスリング」



 エリィが波風と共に小さく呟く。


 キスリングの墓石は数日前にエリィが建てた。そして騒ぎから落ち着いた今日、ノアスが墓参りをしたいとエリィに言い実現した。


 エリィはキスリングの灰を小さなカプセルに入れて、墓石の前に置く。



「キスリング。わたし進むよ。いつまでも引きずらない。ノアス君と一緒に辛い事があっても乗り越えていくよ。今までありがとう。安らかに眠って」



 エリィは切なく笑みを零して手を合わせる。


 ノアスはそんなエリィを後ろで見守りながら手を合わせた。



「よし、行くか」


「うん。また来るね、キスリング」



 墓参りが終わったノアスとエリィは徐々に賑やかになって来た街を歩いていた。



「エリィ。先に帰っててくれ」


「どこか行くの?」


「ああ、ちょっと答えを見つけたからそれを伝えに行ってくる」



 ノアスの意味深な言葉に首を傾げるエリィだったが、「わかった。先に帰っとくね」なにも心配せずエリィは頷く。



 エリィと別れたノアスは一つの目的地を目指して真っすぐ歩いた。


 この時間ではまだ家にいるだろう。そう思ったノアスは過去の記憶を辿って一つの家の前に辿り着く


 大きな深呼吸で自分を落ち着かせたノアスは、扉を二回ノックした。


 野太い声が扉越しに聞こえて扉が開く。



「……!」その者は眉を顰めてノアスの存在に一瞬驚きの表情を見せる「何の用だ」


「少し話をさせて欲しい」


「入れ」



 家主のジョイ・ジョイは嫌そうな顔をせずノアスを受け入れた。


 前来た時とあまり変わらない部屋。テーブルには呪児についての本や器具があり、以前よりも散らばっている。


 穴が開いているボロソファーに腰を下ろしたノアスの反対方面にジョイ・ジョイは座った。


 気まずい空気が流れていたが、その流れを切ったのは、



「前の時と随分面構えが変わったな」


「……ああ」


「これを見ろ」



 ジョイ・ジョイが指した先は呪児について調べる器具がある場所だ。その一つが僅かに光っていて、それを手元に持ってきた。


 手元に持ってきたのは水晶玉だ。綺麗な丸の形をしていて、内側から僅かに光を放っている。けれど内側は混沌のように真っ黒な霧が篭っていて何だか不思議な玉だ。



「これは……」


「呪児か判断する器具だ。反応したら光り、呪いによって中の色が変わる。これが反応してお前が呪児だと知った。エリィたそは薄黄色な霧が出来るが、お前は真っ黒だ。だからあの時、エリィたそではないと判断出来た。そして本と照らし合わせた結果、黒い霧は『絶望』の呪いだと判明した」


「そうだったのか。そんな経緯が」



 淡々と説明するジョイ・ジョイ。一つ一つの言葉には重みがあり、決して嘘はついていないと解る。



「これが証明だ。で、お前の要件は何だ」



 ジョイ・ジョイは険しい顔で尋ねる。


ノアスはゴクリと唾を飲み込んで口を開く「前にあんたは言ったよな? 『エリィの事を好きか』って」



「ああ」


「その時俺は『別に』って答えた」


「そうだな」


「あの時は正直自分の気持ちが判らなかった。けど今ならわかる。俺はあいつが好きだ。一緒にダンジョンに潜って、まだ知らない世界を一緒に見たい」



 ジョイ・ジョイはノアスの瞳をジッと見つめ、



「お前の想いは伝わった。けど、だからと言ってその呪いが解かれる訳じゃない。もし、エリィたそに何かあったら――」


「死ぬ気で守る。何が何でも。俺にはそれしか浮かばない。あいつを悲しませたりはしない。約束する」



 ノアスは逸らすことなくジョイ・ジョイの顔をまっすぐ見る。



 ジョイ・ジョイは折れたように大きく息を吐いて、「最初からそう言え。まあ元々俺が止めた所でエリィたそが黙ってないし、そもそも俺が強制出来るような立場でもない。前にも言ったが、エリィたそがお前を必要としてるなら一緒に居るしかないだろう。俺は彼女が悲しむのが一番嫌だからな。お前のその言葉裏切るなよ。男と男の約束だ」



 ノアスは頷いて差し出されたジョイ・ジョイの大きな手を握る。



「あーったくお前のせいで寝不足だよ。畜生」


「は」


「あれからずっと呪いの解き方を調べてたんだよ。まあ成果はないがな。だから、俺が呪いを解く方法を見つけるまでは死ぬんじゃねーぞ」


「ッフ。ああ。色々迷惑かけたな。ありがとう」


「分かった、分かった。ほらもういいだろ。出てけ。出てけ。俺は寝る」



 ジョイ・ジョイはワザとらしいあくびをしてノアスを追い出した。





 やっと心の靄が晴れたというか、突っかかった物が取れたというか、つまり気持ちが晴れた。


 そんなノアスはエリィの家に足を運び今二人はテーブルを囲んでいた。



「じゃあ話そうか。十五階層の事」


「そうだな」


「まず、欠片持ち階層主は絶対に居るの? 欠片を持つ階層主は一つの階層に留まらないって聞くけど」


「確証は出来ない。けれど、奴の巣は間違いなく十五階層だ。もちろん他の階層に移動してる可能性はあるけど、それでも十五階層で待っとけば奴と会えると思う」


「なるほど。どんな容姿なの?」


「……分からない」



 ノアスの言葉にエリィは眉を上に引っ張り、



「え、そうなの?」


「初めてで焦ってたのもあるけど、あそこは何も見えないぐらい暗かった。光石とかでも呑み込まれてしまう程闇が支配している。だから姿は解らなかった」


「そうなんだ。となると、対処方法が難しいね。姿とか攻撃手段とかが判れば事前に対策できるけど」


「後はどれだけ無事に十五階層に行けるか。それも重要だな」


「とにかく色々揃えてから行こうね。準備は万端の方がいいし。それから、わたし達だけで行くの? 人数は多い方がいいと思うんだけど。リーリスとか」


「俺も最初は考えたけど、二人の方がいい。もちろん階層主と戦闘になったら人数が多いに越したことは無いけど、その前の静寂階層は人数が少ない方が突破は楽だ」



 ノアスの言葉に難しそうに顔を渋めたエリィ。



「ならわたし達二人?」


「それが妥当だろうな。戦力的にも」


「わかった」そう言ったエリィは大きく息を吸って、「何か緊張して来た」



 エリィの言葉にノアスは沈黙で返す。


 エリィが緊張するようにノアスもまた緊張していた。それはエリィ以上に。


 あの日を境にノアスの見る世界は大きく変わった。いつか仇を取るため日々ダンジョンに潜っていたノアスだが、その日が目と鼻の先となるとやはり緊張と不安。それから恐怖がノアスの身体を凍らせる。


 ゴクリと唾を飲み込んだ直後、どこか意識が飛んでいたノアスの手をエリィが握った。



「ねえ、ノアス君。二人で約束しよう」


「約束?」


「そう。絶対に生きて帰ろう。無理だと思ったら退く。どちらだけ助けるとかも無し。絶対に二人で助かるの。良い?」



 エリィはいつにも増して真剣な表情だ。



「――約束しよう。生きて二人で帰ろう」



 約束をしたノアスとエリィは今、ダンジョンに挑む。

今回は長めです。

次回、欠片階層主戦。乞うご期待!!!

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