交差した未来
とうとう立つ力を失ったノアスは這いずるように一歩、また一歩と進んでいる。けれどそれも限界だ。ノアスは這いずる事を辞めて仰向けになる。
一度、目を瞑ったら二度と戻って来れないんじゃないかと恐怖を感じるが、自然と瞼が落ちてくる。
瞼の裏に映るのはエリィの笑顔だった。
ラリムでもイースでもない、いつも元気でたまに強引で全く読めない少女。エリィだ。
そんなエリィの笑顔がすぐに浮かぶものだからノアスは可笑しくなって笑ってしまう。
――お前はエリィたそを好きか?
「ああ、そうか。俺は、いつの間にか好きになっちまってたんだな。あいつの事」
らしくない。とまたしても弱々しくノアスは笑う。
「……死にたくねぇ……もう一度だけ、もう一度だけ会いてぇな」
ノアスは奥歯を噛みしめる。けれど瞳から流れる涙は止まらない。
身体が徐々に軽くなって行った。深海に落ちたように音が徐々に消えて行き、孤独がやって来る。孤独に慣れてたはずなのに、今は叫びたくなる程嫌である。やがてノアスは自分で見てきたように灰となり、忘れ去られてしまうのだろうか。そう思った時だ。
「……ス君……アス君」
うっすらと声が聴こえた。とうとう幻聴が聴こえてきたとノアスは思う。
「……アス君」
何でだろう。幻聴はエリィの声にとても似ていた。
「いた! ノアス君。ノアス君!」
幻聴はすぐそばから聴こえ同時に肩を激しく揺さぶられた。
ノアスは空っぽの力を何とか振り絞って瞼を上げる。
ぼやけてハッキリは見えないけど誰なのかノアスはすぐに理解した。
「エリィ?」
「ノアス君。大丈夫!? 生きてる?」
「何で、ここに」
「何でって。助けに来たんだよ!」
※
リーリスに言われてエリィは人が変わったように必死になって街を走った。
もう、めそめそしてる場合じゃない。このまま何もしなかったら今よりもずっと辛く、苦しい未来が待っている。
これ以上好きな人を失いたくはない。
エリィは走る。
走っていると一つの風が吹いた。風はダンジョンがある方に向かって吹いている。
「そっか。ダンジョンだ」
まるで誰かが教えてくれたその風に従ってエリィは今ダンジョンに向かう。
※
うっすら見えるエリィは色々なところを怪我している。ここまで来るのに苦労したのだろう。
「こんなになるまでボロボロに。どうして」
「あいつを倒して、お前の呪いを」
ノアスのかすれかすれの声にエリィは涙し、
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。わたし、あなたに酷い事を」
「別にいい。事実だ」
「違う。そんなことない。それを知っていたのに、少し考えれば解る事なのに。自分の事しか考えてなくて、わたし……本当ごめんなさい」
エリィの涙がノアスの頬に落ちる。
「エリィ……本当にごめん。ラリムもイースも俺は」
「もういいって。もういいから! だからどこにも行かないで。もう大切な人を失いたくない」
心から叫ぶエリィにノアスは、
「俺に近寄るな。俺と一緒にいちゃダメだ。お前を悲しませたくない。俺は……俺は」
「知ってるよ。わたしと同じ呪児なんでしょ」
「……!?」
「それでも、わたしはあなたと一緒にいたい」
「ダメだ」ノアスはエリィの手を払った「お前が良くても俺がダメだ。お前と同じだ。俺もこれ以上失いたくない。それに俺と一緒に居たらお前を不幸にしちまう。ラリムとイースだって俺の責任で……」
「呪いのせい何かじゃ無い」
「しつこい――」
「しつこいよ。だってわたしはママの子だもん。君が何と言おうとわたしは折れない。ずっと一緒にいる!!」
エリィの言葉一つ一つがノアスの心に響いて何かが込み上げてくる。それを誤魔化そうとエリィを否定するも、彼女は折れない。
「なんで、お前はそんなに。俺は――絶望なんだぞ」
「そんなことないッ。ママとパパはあなたの希望だったんでしょ? 救われたんでしょ?」
「……」
「なら、絶対に不幸になるとは限らない。ママとパパがあなたに希望を与えた様にわたしもあなたの希望になりたい。わたしは……あなたの絶望には負けない!!」
それ以上言わないでくれ。ノアスの心に温かい何かが溢れてくる。
「それに、わたしもノアス君も同じ呪児。マイナス同士が一緒ならプラスになるよ。わたしたちならどんな絶望にも勝てるよ!」
エリィは優しく微笑む。その笑みはとても眩しい。
まるで二人がノアスに微笑んでいるように見えた。
二人の言葉をノアスは思い出す。
――あの子によろしく。
ノアスはあの日の出来事を罪として自分に言い聞かせた。決して許される行為ではなく、いつか二人の子に会ったらきちんと話して、どんな罪でも受け入れようと決めてた。
それが、本来許されるはずの無い事なのに、二人の娘は『一緒に居たい』何てそんな事を言うモノだからノアスの心はもう限界だ。
エリィに二人の顔が重なる。いつもノアスに見せていた優しい笑顔を二人はしていた。
『なあ、俺は生きてもいいのか。彼女の隣を歩く資格はあるのか』
ノアスの心の声に二人は頷く。
『よろしく頼む』
二人はノアスの頭を撫でて、満足な笑みを浮かべるとどこか遠くに旅立って行く。
「俺は――俺はお前と一緒に生きたいッ!!!」
ノアスの瞳に何かが込み上げてきた。
「うん」
エリィは微笑むとその頬に涙が伝る。
「戻ろうっか」
ノアスは涙を流してエリィの言葉に頷いた。
次回から第一章最終編です。




