親友
仕度は出来た。
ノアスは部屋を見渡す。綺麗に整頓された部屋を見て荒んだ心が少し落ち着く。
「もうここに戻る事もないか」
ノアスは靴紐をグッと強く結んだ。
目を瞑ると瞼の裏にラリムとイースの笑顔が浮かんでくる。
二人の最後の言葉は、自分の娘を頼むという言葉であった。
今となってそれは叶わないだろう。
けれど二人の想いをノアスは叶えたいと思う。
今の状況でそれを叶えるとしたら、エリィも言っていた呪いを治すこと。
まだ確信を持っている訳じゃないが、欠片階層主が持つ『治癒の欠片』。その効力なら呪いすらも治せるかもしれない。
そろそろ挑もうと考えていた所だ。ならば勝利を収めてエリィの呪いを解いて姿を消そう。
それが最後に出来るノアスの行動だ。
ノアスは立ち上がって覚悟を決めた。
※
今の自分が嫌いで、大嫌いで死にたくなる。けれど死ぬ勇気の無い自分がとてつもなく情けなくてずるくて最低で本当に嫌になるとエリィは頭を抱える。
「エリィ……」
扉の外で誰かが名前を呼ぶ。
あれから毎日声をかけてくれる人は一人しかいない。リーリスだ。
「ねえ、エリィ。家に居るんでしょう?」
「……」
エリィは顔を暗くして口を結ぶ。
「ねえ、エリィ。聴こえてるんでしょ?」
「……」
何度も何度も問いかけた答えは変わらず沈黙だった。そんなリーリスは唇を噛みしめて、
「いい加減にしてよッ! いつまでそうやっていじけてるつもりなの? ノアスと何かあったんでしょ? キスリングさんの件、あいつから聞いたわ。とても残念……だけど、だけどエリィ。このままじゃいつまで立っても前に進めない!」リーリスは自分の胸を掴んで嘆くように言う。「何か言ってよ……私はあなたの役に立ちたい。友達じゃない」
リーリスの声は徐々に小さくなっていき、最後はかすれ声でとても弱弱しかった。
「……」
何も返事の無い様子に、「また来るわ」と萎れた花のように去って行く。
「――わたし、最低なの」
扉の奥から聴こえた声は、とても悲しく、今にも崩れてしまいそうな脆い声だった。
リーリスがそちらを振り向くと開かずの扉がゆっくりと開いて行く。
※
視界に白い靄が掛かっているのか、景色の半分以上が失われている。
身体は熱を帯びて一歩足を動かすたび悲鳴を上げるように激痛が襲う。
背後で餌を追う魔物の咆哮がノアスの背を凍らせる。
あと少しなのに。
覚悟を決めたノアスは必死に抗って、戦って、十四階層までやってきた。
ダンジョンに潜ってどれだけの時間が経ったのか今のノアスにはもう解らない。
頭の何かにあるのは欠片階層主の事と一人の少女の笑みだけだ。
蒸発するように体内に眠る力が徐々に薄れていくのを感じた。
小さな炎のように揺れるノアスの意識が遠退いていく。
その時、ノアスの耳に一つの幻聴が聴こえた。
※
リーリスが部屋に足を運ぶと目も当てられない程、室内は酷く荒れていた。
キスリングの灰だけは綺麗に小さく纏められており、その入れ物はエリィが大事そうに握っていた。
リーリスは座ったままのエリィと微妙な空気に包まれながら黙々と部屋を片付ける。やっと片づけ終わった所でリーリスはエリィに向き合う。
太陽のように明るかったエリィの姿は無くまるで別人のようだった。涙で目元は真っ赤に腫れ上がって顔はぐしゃぐしゃだ。とてもじゃないが、外を歩ける表情とは言えない。
「わたし、本当に最低な人間なの」
エリィは顔を埋めてもごもご言う。
「言ってごらん」
優しい声がエリィの心にとても沁みる。真っ黒になったエリィの心がそんなリーリスの声で少しずつ浄化されて行く。
「実は――」
エリィはゆっくりと自分の過去とノアスの関係性、それから数日前に起きたノアスとの一件を淡々と話した。
全てを聞いたリーリスは眉を顰めてとても辛そうな顔をする。
「本当は解ってた。ノアス君が見捨てた訳じゃないって。そうするしかなかったんだよね。ずっとノアス君と一緒にいたのに、そんな事する人じゃないって知ってたのに……キスリングがいなくなってもう自分でも何が正解か解らなくて、それでノアス君に許されない事を言っちゃった」
「そうね。確かにあなたは最低な事をしてしまったわね」
リーリスの冷たい言葉にエリィは身体を丸めて涙を溜める。
それを見たリーリスは大きな息を吐いて、「でも、間違った事をしたって自覚があるなら次に自分がする行動が何かって判ってるんじゃないの?」
「わかるけど……合わせる顔がないよ」
エリィは先程よりも深く顔を埋めてしまう。
「そうも言ってられないわよ、エリィ」
「え?」
「実はね、ノアスが行方不明なの」
「行方不明?」
「ええ。最近姿を見ないから彼が暮してる宿に行ったんだけど、何も無かったわ。もう帰る気がないってぐらい何も、ね」
不安そうな顔のリーリスに胸がざわつくエリィ。
「多分、ジョイ・ジョイと会ったのね」
「え、ジョイ・ジョイ?」
「よーく聞いてエリィ。ノアスはね、呪児なの」
リーリスの表情は真剣その物であり、とても冗談を言っているとは思えなかった。だからこそエリィは信じられない真実に何と言うべきか判らず固まる。
「以前、あなたたちジョイ・ジョイの家に行ったらしいわね。その時にノアスが呪児だと気付いたみたいなの。あの変人、呪児については誰よりも詳しいから間違いないわ。ジョイ
・ジョイが言うにはノアスの呪いは絶望。自分を含めて関わった周りの人間を不幸にするみたい」
「そんな……」
エリィは目を大きくして戸惑いを隠せない。
自分が言ってしまった言葉の重みを改めて実感し、酷くエリィは後悔する。
「ジョイ・ジョイにはもうノアスに関わるなって言われたわ。けれどそれは出来ないと私は答えたの。そんな呪いだとしても、彼に命を救ってもらったもの。それにあいつが悪い奴じゃないって知ってるしね。それでね、エリィ。あなたにも捜索をお願いしたいわ。ノアスを救えるのはあなただけよ」
エリィはグッと拳に力を入れて、
「分かった。わたし探すよ」
エリィは涙を拭きとって立ち上がる。
少しばかりタイトルを変更しました。
実験を兼ねての変更です。あらすじもいじってます!
よろしければ、ご感想、ご指摘、ブクマ等よろしくお願いいたします!
明日また投稿致します(`・ω・´)ゞ




