#08.
平穏な眠りについたことがいつだっただろうか。
呪いにかかったあの日のできごとを、今でも鮮明に覚えている。
とりわけ寒さが身にしみる冬の日だった。
大切な兄の即位式であり、彼の誕生日の宴。ユルケンは自身の婚約者マリアベルと共に宴の主役として立ち、彼女との結婚式の時期を公表する日でもあった。
その日、ユルケンは世界で最も幸福な人間の一人だった。美しく賢い婚約者と、優しい兄。
2年前に王国を襲った竜は非常に危険だったが、皮肉にも未曾有の災難が王国の結束を強めてくれたのだった。
その日、誰よりも美しく微笑んでいた婚約者の顔が今でも忘れられない。
まばゆい金髪が揺れ動き、紫色の瞳にはユルケンの姿だけが映し出されていた。
永遠に続くかのように思えた宴は、突然終わりを告げた。
マリアベルと共に踊っていた瞬間、突如として激痛が襲ってきた。
崩れ落ちたユルケンを支えようとマリアベルが手を差し伸べ、その手を握り締めるためにユルケンは顔を上げた。
そして――。
ユルケンが誰よりも愛していた紫色の瞳が恐怖に染まっていった。聞こえてくるマリアベルの悲鳴が、ひときわ大きく耳元に響いた。
修羅場と化した宴の中、ユルケンはすべてが夢なのだと思った。
全身の臓器がねじれ曲がるような激痛も。
自分を見つめながら悲鳴を上げたマリアベルも。
近衛騎士たちが突き付けた鋭い剣先も。
すべてあり得ないことだったからだ。
しかし、ユルケンに起きたすべてのできことは現実だった。
最初は誰もが彼を同情した。
兄である国王も。
彼が属する騎士団の騎士たちも。
フェルキリオンのすべての貴族たちも。
婚約者のマリアベルも。
彼の呪いを解くために、誰もが百方から情報を集めてくれた。
しかし、誰も呪いを解く答えは見つけられなかった。
ある意味、当然のことだった。呪いとは憎悪の女神が下した権能。
女神の現身が現れない限り、解くことは不可能だからだ。
誰もが彼を憐れみ、彼に手を差し伸べた。たとえ呪いにかかっていようとも彼は英雄であり、何一つ変わることはないと言ってくれた。
発せられた無責任な言葉がさざ波のように散らばっていくまでに、半年もかからなかった。
一日に何度も訪れる発作と、腐りゆく肉体。呪いによって形が崩れてしまった彼の顔をまともに見てくれる者は、たった一人もいなかった。
理解できた。ユルケン自身ですら鏡の向こうに見える自分の顔に耐えられなかったのだから。
誰もが背を向けても構わなかった。
ただ一人だけ。
その人さえいてくれれば。ユルケンは生きていけるのだから。
だが、彼が愛したたった一人は、誰よりも早くユルケンの手を放した。彼が何よりも愛していた紫色の瞳いっぱいに軽蔑の色が宿ったとき。
ユルケンの世界は灰色に染まった。呪われてから一年が経つと、国の英雄だった彼は処置に困る厄介者と成り果てていた。
いっそ死ねるものなら、どれほどよかっただろう。
しかし、彼は死ぬ資格すら持っていなかった。
追われるようにやってきた領地でも、ユルケンに手を差し伸べる者はいなかった。
当然のことだった。
神の下した刑罰を受ける自分に近づくということは、神を軽視するのと同じだから。
呪いがうつるかもしれないから。
それでも、ユルケンに近づいてくる者が全くいなかったわけではない。だが、彼らの中で誰もユルケンをまともに見る者はいなかった。
誰かに愛されたいという気持ちはとうの昔に捨て去っていた。呪われた怪物を愛してくれる人間などこの世に存在しないのだから。
今日もそんな日だった。
いつものような。死にたいほどに苦しい日。
ユルケンは思うように動かない身体を引きずり、執務室へと向かった。
領地経営に力を注いだのは、どこまででも贖罪だった。
自分のような存在が領主になったせいで、呪いの恐怖の中で暮らすことになった領民たちのために。
死ぬほど苦しくても、どうせ死ねないのだから。
鈍ることのない苦痛に耐えながら、ユルケンは黙々と働いた。
どれだけ働いても書類は減る気配を見せなかった。これもまた当然のことだった。
公爵の城には家令がいなくなり、侍女や執事どころか、まともなメイドすら集まらなかったからだ。
かろうじて残っている者たちも、ユルケンを恐れて近づこうとしなかった。
彼らが残っている理由は、給与が他の場所よりも圧倒的に高いからだった。
城の使用人たちがまともに働いていないことを知っていても、ユルケンは彼らを解雇しなかった。
ここにやって来た者たちは皆それぞれに事情を抱えており、逃げ出さないというだけで十分な者たちだったからだ。
開かれた扉の向こうに入ってきた見知らぬ女性を見たときも、ユルケンは深く考えようとはしなかった。
どうせ彼に何かを頼みに来たのだろう。金であれ、仕事であれ。逃げ出さないのであれば、与えることなど難しくない。
すれ違うだけの誰かに気を配るには、全身を火であぶられているような痛みがあまりにも苦しかった。
軽蔑のまなざしを向けられたくもなかったため、ユルケンはいつものようにうつむいたまま用件を尋ねた。
かぶっていたフードが脱がされたのは、その瞬間だった。驚いたユルケンは反射的に顔を上げた。
真っ先に視界に入ってきたのは、美しい顔立ちだった。
見る角度によって銀色へと変わる魅惑的な髪の下に見える瞳は、驚くべきことに左右の色が異なっていた。
右側は黄金を溶かして固めたかのような金色。左側は女神の刑罰を受ける者だけが持つという、透明な桃色。
ユルケン自身を除いては一度たりとも見たことのないその瞳に、瞳と同じくらい信じられない彼女の言葉に、一瞬苦痛すら忘れてしまっていた。




