#07.
「私はそれからずっとあなたを探し回っておりましたの。ただ、私の容姿も特殊でしたので、あなたを見つけ出すのが非常に困難でしたわ。ようやくお目にかかれましたことをお詫び申し上げます」
自然に説明を続けたルシラは、ゆっくりと顔を上げてファルゲル公爵と視線を合わせた。
相変わらず公爵の目には深い不信が宿っていた。
しかし構わない。
傷だらけの心の中、ほんの小さな波紋さえ起きれば、付け込むのは難しくないのだから。
「公爵様。私を信じられないのは当然のことですわ。ですが私は、心からあなたの幸せを願っておりますの。あなたを愛したいのです。ですから私に機会をくださいますか?」
ルシラの願いに彼女を見つめていた公爵が、ゆっくりと口を開いた。
いや、口を開こうとした瞬間だった。
「……っ!」
つい先ほどまで平然と座っていた公爵が体を丸めると、激しい咳を吐き出した。
公爵は呪いの進行が遅い左手で己の口を覆ったが、溢れ出た血が痩せこけた手を赤く染めた。
膝をついたまま彼を見つめていたため、ルシラの白い頬にも血が飛び散った。
ルシラが彼に手を伸ばそうとすると、公爵は手を挙げて拒絶した。ただれた包帯の隙間から、爛れて腐ちた肉片がこぼれ落ちた。
その姿を見守っていたルシラが、勢いよく立ち上がった。
ルシラが逃げ出すと思ったのか、彼女の行動を見つめていた公爵はそこでようやく目を閉じ、体を丸めた。
もちろんルシラは、この絶好の機会を逃すつもりなどなかった。
立ち上がったルシラは公爵の左側へと移動し, 半ば強引に彼を立ち上がらせた。
公爵は右側の体が不自由なのだから、本来なら右側から肩を貸すのが正しい。
しかし発作が起きている状態で呪いが広がった場所に触れるのは、生肉をむしり取るような苦痛だろう。
ルシラは可能な限り彼への負担が少なくて済むよう配慮しながら、公爵の左腕を自分の肩へと回させた。
「寝室を教えていただけますか? お支えいたしますわ」
「何の、真似を……」
ルシラの突発的な行動に、公爵は信じられないといった目で彼女を見下ろした。
「呪いによる発作は、体を丸めていたからといって治まるものではありませんわ。横になっても苦しいのは同じでしょうが、硬い椅子に座っているよりはマシなはずです」
「必要、ない。だから俺から……離れろ」
「いいえ、必要です。申し上げましたでしょう? 私はあなたを愛するために来たのだと」
ルシラは公爵を支えた手に力を込めながら、はっきりと言葉を続けた。
「愛する人が苦しんでいるのに、どこの誰が黙って見ていられましょうか?」
「そんな言葉を口にしなくとも、助けるくらい……」
「ファルゲル公爵様」
彼の言葉を遮ったルシラが、再び公爵を見上げた。嫌悪の色が籠もっていない彼女の視線に、公爵の瞳が揺れた。
「お拒みになるのでしたら、抱きかかえてでも寝室へお連れいたしますわ」
「……」
彼女の強引な行動に呆れたのか、あるいはこの問答が時間の無駄だと悟ったのか。
ファルゲル公爵は無言のまま手を持ち上げ、執務室の隅を指さした。
ルシラは慎重に彼を支えながら、執務室の隅へと向かった。大きな背丈に比べ、公爵の身体は驚くほど軽かった。
ルシラは彼を支えたまま、手慣れた様子で寝室の扉を開けた。執務室よりも暗い寝室の様子に目を細めたルシラは、そっと公爵をベッドに横たえた。
「公爵様。包帯をお取り替えしたいと思いますの。包帯がどこにあるか教えていただけますか?」
ルシラの問いに公爵の返事はなかった。
先ほどのように意図的に無視したのではなく、苦痛によって会話すらままならない状態のようだった。銀色の髪の下から冷や汗が流れ落ちていた。
息を吐くことすら苦しいのか、唇の端が微かに震えていた。ルシラは血まみれになった彼の口元をハンカチで拭ってやった後、周囲を見回した。
(これほどの症状なら、応急処置の道具はベッドの近くにあるはずだわ……おそらくこのあたり)
ルシラはベッドから手を伸ばせる場所にある引き出しを開けた。予想通り、タオルや包帯、薬品などが置かれていた。
浴室へ行き、洗面器に冷たい水をなみなみと汲んできたルシラは、ごく自然に彼の傍らに腰かけて世話をし始めた。血と膿で湿った包帯を解いた。
(普通の薬は必要ないから……体を拭いた後、包帯だけ巻いてあげるのが良さそうね)
色の異なるルシラの瞳が、ゆっくりと公爵の身体を観察した。包帯を解いた公爵の身体は、彼女が考えていた以上に酷い状態だった。
(右半身は壊滅状態。左側も徐々に侵食されているわね。困ったわ。日常会話程度はこなしてもらわないと、事がスムーズに進まないのだけれど)
どうやら彼女の復讐は、ほんの少し先送りになりそうだ。もちろん大きな問題ではなかった。《王家たる血統が孤独に生きている》という大前提には変わりないのだから。
ルシラは心地よさそうな笑みを浮かべ、汗に濡れた公爵の銀髪を撫で上げた。
「ご安心ください、公爵様。すぐに楽にして差し上げますから」




