#02.
最初に騎士団に入団したときは、幼い子供であるうえに女だったルシラを誰もが見下していた。しかし、ルシラは姉であるエリーゼのためなら何だってできた。
ルシラが従騎士になったのはそれから三年後。近衛騎士への道のりは遠かったが、ルシラは着実にエリーゼへと近づいていた。
隣国であるハルドとの戦争が起きた。
公式的な戦争の原因はハルドの一方的な侵攻であったが、騎士たちの間ではフェルキリオン王太子が功績を挙げるためにハルドを挑発し、それによって起こった戦争だという噂が流れていた。
(噂ではなく事実でしょうね。あのくたばれ王太子は功績に飢えているのだから)
見かけ倒しの無能な王太子。二十歳を過ぎてもなお王太子の座にとどまっているコンプレックスの塊。
そのクズはエリーゼを酷く冷遇した。賢く優しいエリーゼの人柄を利用して、彼女を虐げ、苦しめたのだ。
それでもエリーゼはヴァンサン・ド・フェルキリオンを愛していた。
自分も今は王家の一員だからと、ヴァンサンを包み込んであげるのはいつだってエリーゼだった。
あのくそったれから逃れられればいいものを、侯爵家から王家に婚約破棄を申し出るわけにはいかないため、エルカルド家はエリーゼが虐げられるのを見ながらも何もしてあげることができなかった。
勝利でも敗北でもない休戦で戦争が終わったのは、ルシラがちょうど18歳になった頃。
長い戦争で荒廃しきったフェルキリオン王国に《豊穣の聖女》が現れたのは、休戦協定からちょうど一か月後のことだった。
圧倒的な兵力で戦争に臨んだにもかかわらず、騎士たちを死に追いやった無能な王太子は、一度のお祈りで枯れた作物を蘇らせる聖女を傍に置き、溺愛するようになった。
ある意味、当然のことだった。
功績に飢えた王子にとって、男爵家出身の聖女は格好の伴侶だったのだろう。
「お姉ちゃん、腹も立たないの?悔しくないの?どうしてあの王宮にとどまっているの?」
「ルーシー。私はこの国が豊かになるのなら、それでいいの。カミラ様はこの国に絶対に不可欠な方よ。私よりもずっと……ね」
腹が立った。姉を冷遇する王太子に、見て見ぬふりをする王宮の貴族たちに。姉を王太子妃に内定しておきながら傍観する国王と王妃に。
殺したかった。殺すことだってできた。三年の戦争を終えて正式に騎士叙任を受けたルシラなら、いつでも奴らの首を撥ねることができた。
しかし、姉は首を振るばかりだった。
より良い世界になるのなら、ルシラとエルカルド家が無事であるなら、自分は幸せだと笑うだけだった。だから耐えた。
エリーゼが笑っていたから我慢した。
しかし、その結果がこれだった。
なぜヴァンサン・ド・フェルキリオンとカミラ・ロシュアがエリーゼを排除しようとしたのかは分からない。
エリーゼは二人を邪魔することも、否定することもなかったのに。
(カミラ・ロシュア。あなたの仕業でしょうね?)
ルシラがその女と会ったのは片手で数えるほどしかなかった。しかし、その女が酷く狡猾で計算高い女だということは確かに分かった。
あの女にとってエリーゼは目の上のタンコブだったのだろう。
虐げられる最中でも優しく穏やかで、多くの人々に愛されるエリーゼの存在を許せなかったのではないか。
《聖女毒殺疑惑》というのは、本当にふざけた罪名だった。
それもそのはず、王国の宝である聖女に、冷遇されている王太子妃候補がまともに会えるわけがないではないか。
しかし、このふざけた事件に対しては、何のまともな捜査も、裁判すらも行われなかった。
王太子に見捨てられ、信じていた貴族たちには背を向けられ。エルカルド家は領地も爵位すらも没収された。
侯爵領の新しい主人となったのは、聖女を輩出したロシュア男爵家。
まるでエリーゼを……ひいてはエルカルドを破滅させることを、フェルキリオン王国そのものが決定したかのようだった。
財産も領地も没収されたまま、貴族という名すら奪われた惨めな家門。
ルシラは顔を上げ、王都のある方向を見つめた。王都は影すら見えない辺境の田舎町であるにもかかわらず、王都の灯りが目に鮮明に浮かぶようだった。
(今すぐ王都へ行き、全員の首を斬り落とすことができたらどれほどいいだろう)
しかしエリーゼは、そんな《手ぬるい復讐》など望まないはずだ。
惨めで、孤独で、苦しく。
8年間エリーゼが味わった惨めさを、全身で味わわせてやらなければならない。
(そのためには、舞台と役者が必要だわ)
最高の舞台、最高の役者。その全てを手に入れるためには、焦って行動してはならない。
フェルキリオン王宮は天空王国とも呼ばれている。標高の高い王都の中でも最も高い場所に建てられた華麗な王宮。
大国の富と権力を誇示するかのように、灯りの消えない光の城。
ルシラの目に、燃え上がる王宮が映った。遠くない未来は、想像するだけで笑みがこぼれた。
「心配しないで、お姉ちゃん。脚本は全部組んであるから。退屈させはしないから、天国で見守っていてね」
エリーゼのためには、最高の役者をキャスティングしなければならない。
そのためにはまず、復讐に不要なものを整理しなければならないだろう。
まともな灯りすらもない暗い墓地から歩み出しながら、ルシラは冷たく凍りついた両手を強く握りしめた。




