第二十話 ──胸騒ぎ──
翌朝、リンクは眠そうにあくびをしながら、むくりと起き上がった。
「あー……最悪」
一晩中、隣から響く爆音のいびきで何度も目が覚めた。
壁まで震えていた気がする。
もちろん犯人はソレイユ。
これが嫌で同室を渋ったのに、結局押し切られたのだ。
今もなお、ソレイユは布団を蹴散らしながら、
ガーガーと豪快に寝息を立てている。
しかも寝起きが悪い。
起こさなければ機嫌が悪くなるし、
起こしても機嫌が悪い。
どちらにせよ、朝から苦労するのはリンクだった。
「もう……ホント最悪」
リンクは深いため息を吐いた。
居間に現れたのは、生気のない表情のリンクと、
まだ夢の中に片足突っ込んだようなソレイユだった。
ザックもローランドもすでに席に着いている。
ローランドはその様子を見るなり、ニヤニヤしながら立ち上がり、
わざわざリンクのところまで来て肩を組んだ。
「リン、おはよ! 昨日はお楽しみだったのか?
それくらいで疲れんなよ、男だろ?」
リンクは無言でローランドを睨みつけた。
その目つきに、ローランドはギョッとして半歩下がる。
ザックは事の顛末を察しているのか、気の毒そうな視線をリンクに送った。
テーブルには温かいスープと焼きたてのパンが並んでいたが、
リンクはほとんど味が分からない様子だった。
ソレイユはというと、馬車に乗るまでずっと寝ぼけていた。
みんなにとっては静かで助かるのだが、
どこか“嵐の前の静けさ”のような空気も漂っていた。
ミノンからヤード村までは、また草原地帯が続く。
魔物に遭遇することもなく、道中は順調だった。
ただ一人、ソレイユだけが「カモが来ない」と不機嫌なのを除いて。
ヤード村に到着した一行。
馬車が停まるロータリーで、
ソレイユは空間から灰色ウルフを次々と取り出した。
ザックとローランドが、それを手際よく荷台に積み上げていく。
灰色ウルフの数を改めて確認していたジョセフに、ソレイユが声をかけた。
「ところで、ヤード村にエルフのやってる店はあるのかしら?」
「それなら村の外れに一軒ありますよ。
ここを道なりにずっと行ったところです」
依頼完了報告書にサインしていたカウベルが、代わりにそちらの方向を指差した。
ソレイユはその方向を見て、わずかに表情を曇らせる。
「とても良い旅になりました。
次がありましたら、ぜひ指名依頼させていただきますよ」
それぞれの御者台から
カウベルが手を挙げ、ジョセフが軽く頭を下げる。
テムル商会の馬車はそのまま反対方向へゆっくりと走り去っていった。
「ありゃ、空間収納目当てだろ?
ていのいい運搬係とでも思ってそうだな」
ザックが腕を組んで不満げに言う。
「もう受けることもないから放っておけばいいのよ。
一応エルフに会いに行くわ。同郷だと思うから」
ソレイユは教えられた方向へ歩き出す。
ザックは何か言いたげな表情でついていく。
リンクとローランドも後に続いた。
しばらく歩くと、羊の姿があちこちに見え始めた。
ヤード村は羊毛織物が特産で、
村の中心を抜けると、広い放牧地に羊がのんびりと散らばっている。
ヤギの乳で作るチーズも有名だ。
「村人より羊の方が多そうだな」
途中で数えるのを諦めたローランドが言う。
リンクは興味津々で羊を目で追っていた。
「なんだ、リン。かわいいから欲しいとか言うなよ」
「そ、そんなの思ってねーし。 別にかわいいとか思わねーし」
プイと横を向くリンク。
微笑ましいじゃれ合いに、ザックの耳がぴくぴく動く。
ソレイユの反応が気が気でないのだろう。
しかし当のソレイユは、
難しい顔をしたまま二人のやり取りに気づきもしなかった。
雑貨屋や道具屋がちらほらと見え始め、
さらに奥には、蔦が絡んだ木の洞のような店が見える。
どうやらそこがエルフの営む店らしい。
入口の横には、小さな木の看板が掛けられていた。
ソレイユは看板に視線を留め、わずかに目を細めた。
看板に刻まれた文様──
それは、ソレイユの里で古くから使われる“家系を示す印”だった。
同郷の者が営む店に間違いない。
だが、店は閉まっている。
周囲を見ても、人の気配はない。
胸の奥が、ほんの少しざわついた。
近所の道具屋の主人が見かねて声をかけてくれた。
突然「里に帰る」と告げてきたこと。
少し前から店を閉めていること。
「近くだからすぐ戻る」と言っていたこと。
「まあ、エルフさんの言う“すぐ”は、ワシらの感覚とは違うからね」
主人は笑いながら店へ戻っていった。
「これ……ソレイユんとこの里のヤツがやってる店なんだろ?
だったら急いだ方がよくないか?」
ザックがソレイユに尋ねる。
「里で何か事件があったなら、さっきの人が言うはずよ」
そう言ったものの、
ソレイユの表情はどこか不安げだった。




