第二話 ──本音と強がり──
リンクに置いて行かれたローランドは、閉まった扉を見て肩をすくめた。
「やれやれ……また置いてきやがったな」
その程度のことは慣れっこだ。
今日も元気に振られたな、と軽く笑う余裕すらある。
「リンクの尻ばっかり追いかけてないで、いい加減にダンジョンにでも行けよ」
カウンター越しにヨゼフがため息を吐く。
古びた帳簿の紙が揺れ、ぱらりと音を立てた。
ローランドはそのため息にむっとしながら腕を組んだ。
返事をしないローランドに、ヨゼフがぼやく。
「最近まともに稼いでないだろ? そのうち見放されるぞ」
「自慢じゃねぇが、金と女には苦労したことねぇんだよ」
ローランドはカウンターに手をつき、ヨゼフを睨む。
だが、その目はすぐに揺れ、視線を外した。
「それに……リンと一緒じゃねぇと、行く気にならねぇしな」
軽い調子の奥に、わずかな本音が混じった。
ヨゼフは一瞬だけ目を細める。
ローランドの内側を見透かしたような静かな目だ。
だがすぐに、ヨゼフは小さく鼻を鳴らした。
「だったらリンクが戻るまで店番でもしといてくれ」
「誰がやるか!」
ローランドが声を張り上げた瞬間、店のドアが開いた。
カラン、と軽い音。
外の光が差し込み、埃がきらりと舞う。
入ってきた冒険者らしき男は、ローランドの姿を見るなり、
「げっ!」
とだけ言って、ドアを閉めて帰っていった。
静けさだけが漂い、
さっきまでの喧騒が嘘のように、店内の空気が沈む。
「お前には……無理だな」
「俺が言われたんじゃねーよ! ヨゼフの顔見て言ったんだよ!」
「…………」
ヨゼフは無言で帳簿をめくる。
紙の擦れる音だけが、妙に大きく響いた。
「俺なんかが店番しちまったらよ、女たちが押し寄せて店が潰れちまうだろ」
ローランドはわざとらしく前髪をかき上げる。
光を受けた銀髪がさらりと揺れた。
「…………」
ヨゼフにはローランドの言葉が聞こえていないかのようだ。
その沈黙が、逆に刺さる。
「――おい! ジジィ! 耳遠いのかよ!」
「ここにジジィはおらんぞ」
ヨゼフは淡々と返し、また帳簿に視線を落とした。
そんな二人のやり取りの最中──
店のドアが再びカランと鳴った。
今度は、そっと中を窺うように入ってきた小柄な影がある。
風に揺れるスカート。大胆に胸元の開いた服。
高い位置で束ねたポニーテールが揺れた。
そして──尖った大きな耳。
エルフだ。
ヨゼフが手を止めて眉をひそめ、ローランドが目を見開いた。
「……珍しいな」
「……でかいな」
ヨゼフは驚き、ローランドの喉が鳴る。
エルフは二人の視線に気づくと、身を引くように出口へ向かった。
ローランドが素早く近づく。
胡散臭いほどの笑みを浮かべながら。
「この街、初めて? 観光? よかったら案内するけど?」
ダンスに誘うように、そっと手を取った。
「結構です!」
エルフはあからさまに嫌そうな顔をして、その手を振り払った。
そのまま踵を返し、足早に店を出ていく。
ローランドは手を伸ばしたまま、しばらく動けずにいた。
眉がぴくりと跳ね、わずかに息が止まる。
「女が押し寄せるんじゃなかったのか?」
ヨゼフの抑揚のない声に、ローランドは視線を泳がせ、
気まずそうに肩をすくめた。
だがすぐに、ヨゼフの言葉にカチンときたのか、眉を寄せた。
背を向けているローランドに、ヨゼフが追い打ちをかける。
「お前でも相手にされないことあるんだな」
「っるせぇ! ……見てろよ」
ローランドはそっぽを向いたまま、ぶつぶつと文句をこぼした。
その時──三度、店のドアがカランと鳴った。




