第十七話 ──ザムザ──
突然だった。
頭の中に、あのクソ野郎の声が響いたのは。
勝手に身体が強張る。
吐いちまいそうになった。
そう言や、あの頃はひでぇ扱いばかりだった。
ヤツの小間使いばっかやらされてよ。
もう忘れかけてたってのに。
……なんでだ?
五年前に025がぶっ殺したはずだろ。
俺も、その瞬間を見てた。
クソ野郎との出会いは、ある小さな町だった。
俺はいつものように、金持ってそうな奴を殺してそいつになりすまし、
夜に屋敷の金目の物をぶっこ抜いてずらかるつもりだった。
そしたら急に、ヘルハウンドの群れが町を襲ってきやがった。
屋敷の連中がバタつく中、間の悪い時にかちあったなと
俺は我先にと表へ出た。
すると嫁とガキもついてきやがるじゃねぇか。
そろそろ擬態の効果が切れる。
亭主じゃねぇって騒がれたらマズい。
魔物に見つかるだろがよ、クソッ。
俺は振り返り──二人をぶった切った。
その瞬間、擬態が解けた。
「あら、使えそうなスキル持ってるじゃない」
背筋が冷えた。
さっきまで誰もいなかったはずだ。
恐る恐る振り返る。
派手な衣装を着た、不健康そうな男が立っていやがった。
いつの間に……。
「ねぇ、そのスキル、どのくらい使えるの? 聞かせてほしいわ」
蛇に睨まれた蛙みたいに身体が動かねぇ。
ヤツはゆっくり近づいてきやがる。
「私はトリグレア。お前、名前は?」
射貫くような瞳にビビっちまった。
狂気がダダ漏れしてやがる。
黙ってたら……殺られちまう。
「……ざ、ザムザ」
口が勝手に動いた。
逃げることもできず、無理矢理に連れてかれて、
そっからは毎日が地獄だった。
擬態がどうとか言って、平気で人の身体ぶった切りやがる。
抵抗しても無駄でよ。
気づきゃ知らねぇ手足がくっついてんだ。
「元が不細工だから、パッとしないわね」
俺の容姿なんざ微塵も興味ねぇらしく、
雑にいじくり回されるだけだった。
必要とされたのは擬態の能力だけ。
でも時間が短いからって、すぐ飽きられちまった。
「神の子の生き胆でも食らえば永遠になるんでしょうけど……
お前には勿体無いわね」
そう言われてからは雑用に回された。
それでも殺し合ってるあいつらよりはマシだった。
そんなある日、小汚いガキどもを捕まえて帰ったとき、事件は起きた。
とりわけ顔のいい025がトリグレアを襲いやがった。
ヤツのお気に入りに殺される様は、見てて爽快だったぜ。
トリグレアは一瞬、助けて欲しそうなツラしてたが──無視してやった。
そんな義理あるわけねぇだろ。巻き添えなんて真っ平ごめんだ。
目の前に転がったヤツの死体に耳を近づけ、心音を確かめた。
完全に止まってる。
ようやくクソみてぇな生活から解放されるって、
あのときは心底喜んだもんだ。
……なのによ。
鮮明にヤツの声が聞こえやがった。
外からじゃねぇ。
頭の中に直接響く感じでよ。
「私のために動きなさい。そうすれば“神の子”をプレゼントするわ」
それから毎日毎日、その声が続きやがる。
盗みに身が入らねぇくらいに。
お陰でへまこいた。
半分頭がおかしくなりかけてたとき、
その声がピタリと止んだ。
理由は知らねぇが、頭がすっきりした。
気分もいい。
盗みもやたらうまくいった。
しばらくして、風の噂でトリグレアが討伐されたって耳にした。
まさか生きてたなんてな。
最近になってガキを攫ってたらしいが、あの幻聴と関係あるのか?
……そんなことはもうどうでもいい。
これで完全にヤツに怯えなくて済む。
それより“神の子”のことが気になって仕方ねぇ。
本当に食らえば、擬態の時間が永遠になるのか?
それがマジなら──やらねぇわけにはいかねぇな。
喉が渇くみたいに、欲が湧いてきた。
抑えられる気がしねぇ。
俺は“神の子”を探すため……動いた。
色々漁って分かったのは、
どうやら“神の子”ってのはエルフのことらしいってことだ。
エルフに化けて里を襲ってみたが、全部空振りだった。
実のところ、エルフの言う“神の子”ってやつが何なのか、さっぱりだった。
エルフにとっちゃ当たり前らしいから、聞くに聞けなかったしよ。
普通のエルフとどう違うのかも分からねぇ。
ただ、そこで分かったことがある。
神の子は滅多に生まれねぇ、
それこそ奇跡みたいなもんなんだってことがよ。
だが、その奇跡が──
何十年か前、とある里で起きたらしい。
この機を逃す手はねぇ。
……早速、その里に向かうとするか。




