第十四話 ──空間魔法とご機嫌ななめ──
「おぉ、これは素晴らしいですな……特にこの五体。
まったく血の跡もない。毛皮も傷んでいない」
積み上げられた灰色ウルフの死体を見て、ジョセフが目を輝かせた。
ソレイユの眉がピクリと跳ねる。
褒められたのはローランドの獲物だけ。
自分とザックの仕留めた灰色ウルフには、多少なりとも傷がある。
明らかに不機嫌なソレイユの顔を見て、ザックは笑いを堪えていた。
その脇腹に、容赦なく肘鉄が突き刺さる。
「いってぇ……!」
ザックは腹を押さえ、うずくまるようにしゃがみ込んだ。
「これでしたら銀貨十七枚は出せますね。……もてばの話ですが」
ジョセフは、わざとらしく肩をすくめてみせた。
「もつわよ。収納するんだから」
ソレイユは苛立ちまぎれのため息をつき、手を翳した。
空気が揺らぎ、淡い光が広がる。
空間魔法だ。
「ひ、ひぇぇ……!」
「こ、これは……まさか……!」
カウベルとジョセフは腰を抜かし、地面に尻もちをついた。
ソレイユは無言で灰色ウルフをひょい、ひょいと空間の中へ放り込んでいく。
ザックは脇腹を気にしながら、顔をしかめつつ死体を持ち上げる。
「いってぇ……まだ痛ぇ……」
それでも慣れた手つきで、次々と収めていった。
淡い光の向こうへ吸い込まれていく灰色ウルフ。
その光景は、初めて見る者には現実離れしていた。
空間魔法は“存在するらしい”という噂レベルの超希少魔法。
ダンジョンの宝箱から稀に出る空間ポーチは、間口が狭くて入る物が限られる。
それでも超高級品で、市場に出回ることはほとんどない。
その空間魔法を、ソレイユはいとも簡単に紡ぎ出す。
しかしローランドは特に珍しそうでもなく、ただぼーっと眺めていた。
「……何よ、その反応」
それを横目で見たソレイユの空間魔法を閉じる手つきが、ほんの少しだけ荒くなる。
ザックがちらりとソレイユを見て、顔を青くした。
リンクに向かって、「離れろ、離れろ!」と言わんばかりに手をバタバタさせる。
リンクは首を傾げただけで、その意図には気づいていない。
ザックは伝わらなかったことに小さくため息をついた。
そんな空気をまったく気にせず、リンクはローランドに声をかける。
「ロウって、剣技だけじゃないんだな」
ローランドが振り返った。
リンクの顔は、どこかワクワクしている。
ローランドは自然と笑みをこぼす。
「最初の頃は碌でもねぇ剣で戦ってたからな。
すぐ折れて使いもんにならなかったから、素手でやってただけだ」
「でも、いい剣に出会えたんだろ?」
リンクがローランドの腰の黒い剣を見て、嬉しそうに言う。
「まぁな〜」
ローランドは柄に手を添え、誇らしげに撫でた。
リンクはその仕草を見て、目を細める。
「いつも丁寧に手入れしてるだけはあるよな」
「そりゃあな。ある意味、命を預けてるからよ」
二人の会話はどこか楽しげで、
その空気がソレイユの神経を逆撫でした。
(……私の方が付き合い長いのに、馴れ馴れしくしてんじゃないわよ)
片付けを終えたソレイユは、歩幅を少しだけ早め──
わざとローランドの肩にぶつかった。
「早く乗りなさいよ! 夜までにミノンに着かなくなっちゃうでしょ!」
「おっと……」
ローランドは驚いたが、それ以上は何も言わず、
先に歩いていくソレイユの後ろ姿を見て微笑んだ。
「お姫様がご機嫌ななめだ。行こうぜ、リン」
ローランドがリンクの背にそっと手を添える。
「ぼ、僕はジョセフさんの隣に座るから!」
リンクは一瞬だけ体をこわばらせ、
ローランドの手を振り払い、御者台へ逃げていった。
「まーた振られちまったか」
ローランドは笑いながら肩をすくめた。
荷台では、ソレイユが腕を組んでそっぽを向いている。
「……ほんとムカつくわ、この男」
馬車の車輪がきしむ音が、ゆっくりと動き出す準備を告げていた。




