第十三話 ──絞め落とし──
前方から、低く長い灰色ウルフの遠吠えが響いた。
街道の先。
雑木林の影。
左側の茂み。
三方向から、複数の足音が迫ってくる。
一頭の姿が見えた瞬間──
群れが一斉に飛び出した。
「来た!」
リンクが素早く弓を引き、炎の矢を散らす。
地面で弾けた火の粉が走り、灰色ウルフたちの足並みが一瞬乱れた。
その一拍を逃さず、ザックとソレイユが馬車から飛び降りる。
巻き込まないよう、前へ、横へと散開した。
灰色ウルフの勢いが削がれたところへ、二人が同時に踏み込む。
ザックは前方から突っ込んでくる四頭に狙いを定めた。
腰の袋から癇癪玉をつまみ出し、地面へ叩きつける。
破裂音と白煙が弾け、灰色ウルフたちの足が止まった。
その刹那、小苦無が指先から放たれる。
刃は正確に腿へ突き刺さった。
悲鳴を上げながらもそれらは馬車へ向かって突進する。
怯えたカウベルが手綱を握りしめたが、そのまま寸前で崩れ落ち、
涎を垂らしながら痙攣した。
小苦無に練り込まれた麻痺薬が効き始めたらしい。
だが──
一頭、その得物を避けた個体がザックへ跳びかかる。
「っと!」
ザックは爪の一撃を短刀で受け流し、身体をひねって腹を蹴り上げた。
灰色ウルフが地面に叩きつけられた瞬間、迷いなく小苦無を突き立てる。
その向こう側では、ソレイユが舞っていた。
灰色ウルフの爪が風を裂く。
ソレイユは紙一重でそれをかわし、
両手剣で軌道を逸らしながら滑るように踏み込む。
蝶が舞い、蜂が刺す。
そのまま形になったような動きだった。
一瞬の隙。
ソレイユの剣先が灰色ウルフの顎下へ吸い込まれる。
喉を貫かれ、声もなく崩れ落ちた。
血は派手に飛んだが、毛皮にはほとんど付着していない。
足元には、すでに六頭のそれが静かに横たわっていた。
「ザック! こっちは終わったわよ!」
「俺もなんとか片付いた」
ザックは額の汗を拭い、息を整えた。
「残りは五頭かしら。茂みを使って後ろに回ったのね。
まあリンクがいるから大丈夫でしょ」
ソレイユは馬車の近くに倒れている灰色ウルフを軽く蹴り飛ばし、後方へ向かった。
馬車の後ろを覗き込む。
影になって見えなかったが、そこには──
舌をだらりと出して絶命した灰色ウルフが、無造作に積み上げられていた。
その横で毛皮についた土を払っていたローランドと目が合う。
「そっちも終わってたのね。
まあリンクがいるんだから早いに決まってるか。
あんた、どうせなんにもしてないんでしょ?」
ソレイユは勝ち誇ったように顎を上げ、ローランドを睨み上げた。
「いや、それがさ……」
荷台の上でリンクが頭を掻き、困った顔で視線を逸らした。
ソレイユは「また謙遜してる」と思いながら、死体を確認する。
──傷が、ない。
積み上げられた五つの死体を、力任せに投げて確認していく。
どれも首の骨が折れているだけ。
外傷は一切なかった。
「なによこれ!!」
ソレイユの顔が青ざめた。
「なによって、傷付けたらダメなんだろ?
絞め落とすしかねーじゃん」
ローランドは首をコキコキ鳴らしながら、服についた土埃を払った。
「相手は灰色ウルフよ!? 爪や牙があるのよ!?
当たったら致命傷になるじゃない! あんた、バカなの!?」
ソレイユの怒声が馬車の周囲に響く。
それでもローランドは、どこか嬉しそうにニヤリと口角を上げた。
「お題を出したのはソレイユちゃんだぜ。
……じゃあ俺ちゃんは遠慮なくリンとイチャつくわ」
ひょいと荷台に上がり、リンクの肩に腕を回す。
わざと頬ずりしてソレイユを挑発した。
「……ロウ! 止めろって!」
リンクは顔を真っ赤にして逃げようとするが、
ローランドは楽しそうに抱き寄せる。
ソレイユのこめかみに青筋が浮かび、肩がわなわなと震えた。
「こんなに強いなんて聞いてないわよ!!
リンク! 知ってて黙ってたんでしょ!!」
怒りの矛先がリンクに向いた。
サッと手を伸ばし、立っているリンクの足に強引に掴みかかる。
「ソレイユ! ちょっと! あぶなっ──」
リンクはバランスを崩し、ローランドにしがみつく形になってしまった。
リンクを抱えたローランドは、悪い顔でソレイユを見下ろしている。
対してソレイユは、喉の奥から絞り出すような声を上げていた。
そして──
少し離れた場所で、ザックがそっと視線を逸らした。
火の粉がこちらに飛んできませんように、と祈るような顔で。




