第十二話 ──無理難題──
マキナードを離れて数時間。
草原を抜け、馬車はゆるやかな雑木林へと入っていった。
右手には小さな山並みが続いている。
ところどころ岩肌が露出していた。
木々の間から差し込む光が、揺れる馬車の上を斑に走った。
鳥の声が遠くで響き、風が草を撫でていく。
「ソレイユ、いい加減離れろよ。いつもそんなにくっつかないだろ!」
リンクは肩で押し返そうとしたが、ソレイユは動かない。
「なによ、照れなくてもいいじゃない? かわいいわね」
ソレイユは離れるどころか、さらにリンクに密着した。
唇が頬に触れそうなほど近い。
「やめろよ! 落ち着いて景色が見れないだろ」
リンクは横を向き、むすっと頬を膨らませた。
だがソレイユはまったく気にしていない。
「あ、そうだ。里に着いたらね、薬草の調合もやってほしいの。いいでしょ?」
さらにリンクの首に両腕を絡ませ、甘えた声でねだる。
「またかよ……」
リンクは露骨に嫌そうな顔をした。
「だって、リンクが作ったやつの方が効果いいんだもん」
「え? リンって回復とか作れんの?」
御者台からローランドが振り返る。
驚いた顔だ。
「まあ、ちょっとくらいならなんだけど……」
リンクは照れたように視線を外した。
「ちょっと! 会話に入ってこないでよ!」
ソレイユはキッとローランドを睨みつけた。
「あのなぁ、ソレイユちゃん……」
「リンクのこと知らないくせに馴れ馴れしくしないで――」
その時、ソレイユの視界にザックが映った。
前方の御者台で、敵を知らせるハンドサインを出している。
ソレイユの表情が一瞬で変わった。
「まあいいわ。犬っころを始末してからにしましょ」
立ち上がったソレイユは真剣な顔つきになり、
リンクも背中の弓に手をかけ、腰を浮かす。
ローランドは二人の顔を交互に見た。
「ジョセフさん、お待ちかねの灰色ウルフが来たみたいだわ。
前の馬車の速度に合わせて。そろそろ止まるはずよ」
ソレイユが指示を出すと、
カウベルの操る前の馬車の速度がゆっくりと落ちていった。
ザックのハンドサインを読み取る。
「ふ〜ん、全部で十五頭ね。まだ距離はある、か」
右手には切り立った岩肌がそびえ、
その影に馬車がすっぽりと収まるようにして停まった。
リンクがザックに向かって声を上げた。
「ザック、どうして馬車を停めたんだよ!
いつもみたいに走りながら仕留めた方が安全じゃないか!」
ザックは苦笑しながらソレイユを指差す。
つられてリンクもソレイユの方を見る。
「リンク、今回はね、灰色ウルフも報酬になるのよ。
綺麗に倒せばお金くれるんだって♪」
満面の笑みのソレイユ。
ジョセフは “自分から吹っ掛けてきたくせに……” と苦い顔をした。
「そうだわ。いいこと思いついちゃった」
口元を悪戯っぽくゆがめ、御者台のローランドを見下ろした。
「ねぇ、あんた。
そんなにリンクと話したいんなら、今から言う条件をクリアしなさい!」
突然ソレイユに指を差され、ローランドは一瞬たじろいだ。
「灰色ウルフはテムル商会に買い取ってもらうんだけど、状態がよくないとダメなの。
それが出来たなら、リンクを貸してあげてもいいわよ。
間違ってもズタズタに斬り刻んだりしないでよね」
「貸すとか言うな……!」
「え、えぇ……?」
リンクとローランド、二人の声が同時に重なった。
ソレイユは顎を上げ、腕を組み、口の端をつり上げる。
「私とザックは前方と横を対処するわ。
リンクは取りこぼした個体の片側の足を狙って動けなくしてちょうだい。
あんたは後ろの数匹を頑張って処理してよね」
そう言って両手で剣を抜き、
まだ姿の見えない敵に向かって静かに身構えた。




