第十話 ──マーキング──
朝9時。
大通りには朝日が差し込み、荷馬車の車輪の音と人々の声が混じり合っていた。
ギルド前にも冒険者たちが行き交い、いつもより少し慌ただしい。
旅支度を整えたリンクとローランドは、ソレイユの姿を探していた。
「リンはここで待っててくれ。俺は中を見てくる」
ローランドはギルドの重い扉を押し開けた。
中は朝から活気に満ち、依頼を受ける冒険者たちで賑わっている。
掲示板のあたりにも、受付にもソレイユの姿は見えない。
ローランドがキョロキョロと視線を巡らせた瞬間、前に影が落ちた。
「あんた、カラスだな」
いぶし銀の髪に金色の瞳。
獣人特有の耳がピクリと動く。
ローランドは一瞬だけ目を細めたが、すぐにいつもの調子で笑った。
「だったらどうするんだ? あいにく俺ちゃん忙しいんだわ」
その異様な空気に、ギルド内がざわつき始める。
「なんだなんだ? またローランドに挑んでる奴がいるのか?」
「マジかよ、ギルド内ではまずいだろ」
「俺、カラスが勝つ方に賭けるぜ」
野次馬が次々と集まり、ギルド職員が慌てて制止に走る。
ローランドは肩をすくめ、面倒くさそうに言った。
「こんなとこでやり合っても、お互い得しねぇよな。表出ろよ」
その時だった。
ギルドの扉が勢いよく開かれ、朝の光が差し込んだ。
「ザック! 遅いわよ! 依頼受けるのにどれだけ時間かかってるのよ!」
声を張り上げて入ってきたのはソレイユ。
その後ろに、こそこそとリンクがついてきている。
一瞬で視線が集まるが、ソレイユは気にも留めない。
明らかに苛立っており、足取りも早い。
人を掻き分け、ズカズカと獣人の男に近づき、その腕を掴んだ。
「ちょっ……ソレイユ……!」
荒っぽく引っ張りながらギルドを出ようとする。
すれ違いざま、ローランドを鋭く睨んだ。
「あんたも早く来なさいよ」
ギルド前。
ソレイユは腕を組み、獣人を前にして苛立ちを顕わにしている。
「ヤード村への護衛の依頼、あったんでしょうね?」
「……ああ、受けてきた」
「ザック! 久しぶり! 元気だった?」
「おう、リンクも元気そうだな」
三人のやり取りを、ローランドはぽかんとした顔で見ていた。
それに気づいたリンクがローランドの袖を引く。
「“エターナル”のザックだよ」
「……ザックだ、よろしくな」
「お、俺はローランドだ、よろしくな。
でもさっき俺のこと知ってた感じだったよな」
「ああ、あんたからリンクの匂いがしたからな」
ザックはローランドをじっと見た。
(それに昨日、ソレイユが延々と“カラス”の愚痴をこぼしてたしな。
名前は聞いてねぇが、特徴がまんま同じだし)
「ザックは嗅覚がすごいんだ! 方向感覚ももっとすごいけど!」
リンクが嬉しそうに話す。
「ちょっと、ザック! 早く雇い主のところに案内しなさいよ。
そんな話なら道々話せばいいでしょ!」
ソレイユはザックの首根っこを掴み、ぐいぐいと大通りの方へ引っ張った。
ローランドとリンクもその後を追う。
「なぁ、リン。ソレイユちゃん、なんか雰囲気違うくね?」
「服装のせいじゃない? 昨日はお出かけ用だよ、きっと」
ソレイユは白を基調とした装備に身を包み、露出は少ない。
腰の両側には剣が下げられ、鞘には見事な装飾が施されている。
誰が見ても一級品だとわかる代物だ。
昨日の華やかな服装とは打って変わって、完全に戦闘用の姿だった。
二人は大通りを歩きながら、自然と会話が続いていった。
「なるほどな。でもエルフなのに前衛なのか? 普通、弓とか魔法じゃね?」
「ソレイユは特別なんだ。
魔法もできるけど、“エターナル”ではアタッカーだからね」
「三人なのか?」
リンクは少し寂しそうに笑った。
「タンクと回復の二人は結婚しちゃって……今、旅行中らしいんだ」
「へ〜、五人か。理想的だな」
ローランドは前を歩くソレイユの背中をちらりと見た。
その歩幅は大きく、どこか急いでいるようにも見える。
「パーティー内での恋愛ってありなんだな」
「僕だけ気付かなかったんだけどな」
「リンはそのへん疎そうだもんな」
ローランドは呆れたように肩をすくめた。
「おい! ロウまでそんなこと言うなよ!」
リンクが両手でローランドをぽくぽく叩く。
その音に反応するように、前を歩くザックの耳が後ろへ向いた。
(だからソレイユは機嫌が悪いんだな。
そりゃ、お互いに匂い付きまくってるもんな。
特にリンクにはローランドってやつの匂いが半端ねぇな。
……マーキングかよ)
「よそ見してないでさっさと案内する!」
ソレイユがザックの頬をつねる。
「してないだろ」
「耳が後ろ向いてるわよ」
「……はいはい」
ザックは頬をさすりながら、馬車の停車場へと目指していった。




