満州の闇、一網打尽
昭和四年(一九二九年)十一月某日。
張作霖の列車が皇姑屯を無傷で通過したその夜、満州の奉天一帯には、これまでにない緊迫した空気が張り詰めていた。
俺の密命を受けた侍従武官長・奈良武次陸軍大将が送り込んだ特殊憲兵隊が、闇夜に紛れて関東軍の要所へと突入した。
狙いは、爆殺計画に関わった首謀者と実行犯の「全員」である。
「動くな! 憲兵隊である! 陛下の御名の下、緊急逮捕する!」
史実では陸軍の身内庇いによってうやむやにされ、誰も法的な処罰を受けなかった歴史の犯罪者たち。
だが、未来を知る俺の世界では、甘い幕引きなど絶対に許さない。
まず身柄を押さえられたのは、立案と計画を主導した四人の幹部だった。
首謀者の河本大作大佐、関東軍司令官の村岡長太郎中将。
爆破計画を承認・黙認していた、奉天特務機関長の秦真次少将。
そして、後に満州事変や謀略の影で動くことになる土肥原賢二大佐。
「な、何かの間違いです! 我々は大日本帝国の生命線たる満州を守るために……!」
憲兵に組み伏せられながら叫ぶ河本大作を、隊長は冷たく見下ろした。
「軍令を無視した独断専行は、国家反逆の罪である。連行せよ!」
同時に、現場で爆破を実行しようとしていた実行犯の三人も、皇姑屯の鉄道橋周辺で現行犯逮捕された。
実際に爆破スイッチを握るはずだった東宮鐵男大尉。
現場で指揮を執っていた神田泰之助予備役少尉。
そして、満鉄の路線に爆薬を仕掛けた工兵の桐原貞壽曹長。
「馬鹿な……なぜ計画が漏れておる……!?」
東宮は呆然としながら、手錠をかけられた。
彼らの手から押収されたのは、大量の黄色火薬と、史実で張作霖を爆殺したはずの起爆装置。
言い逃れの不可能な、完璧な証拠だった。
数日後。東京、御所の執務室。
奈良武次武官長から、首謀者四人と実行犯三人の計七人を「全員勾留・東京へ連行中」との報告を受け、俺は深く息を吐き出した。
「よくやってくれた、武官長。これで陸軍の喉元に、国家の法という楔を打ち込むことができる」
「はっ。……しかし陛下、陸軍内部、特に強硬派の反発は凄まじいものがございます。彼らは『満州の利権を守るための愛国行動だ』と、未だに主張しており、身内でのもみ消しを計ろうと画策しております」
奈良の言う通りだ。史実の田中義一首相も、この陸軍の巨大な圧力に屈して処分を諦め、天皇の信頼を失って退陣した。
「もみ消しなど、断じてさせん。武官長、彼らを通常の陸軍の軍法会議にかければ、必ず身内びいきで減刑される。今回は『大逆罪』および『不法私戦罪』を適用し、御前での直轄裁判、あるいは最高機関での公開裁判とする」
俺はデスクを強く叩いた。
「満州を独断で火の海にしようとした者たちが、なぜ愛国者か。彼らがやろうとしたのは、日本を世界中から孤立させ、破滅へ導く『売国行為』だ。この七人を厳罰に処すことで、軍部に示さねばならない。『統帥権』とは、暴走する軍人の免罪符ではない。天皇の命令(軍令)を遵守することこそが、絶対の鉄則であるとな」
歴史オタクとしての知識が叫んでいる。
ここで彼らを甘やかせば、二年後の「満州事変」、そして「五・一五事件」「二・二六事件」へと、テロのドミノが続いてしまう。
ここで七人を完全に見せしめにし、軍の膿をすべて出し切るのだ。
「……御意にございます。陛下の断固たるご決意、この奈良、命に代えても陸軍の抵抗を抑え込んでみせます」
奈良武次は、若き天皇の眼光に宿る、未来を見据えたような凄まじい覚悟に圧倒されながら、深く頭を下げた。
窓の外には、十一月の冷たい風が吹いている。
満州の陰謀を根こそぎ叩き潰したことで、歴史は大きく変わり始めた。
だが、追い詰められた陸軍の国内派閥が、今度は東京で不穏な動きを見せるのは火を見るより明らかだった。
(次は、国内のテロ分子だ。あの『二・二六』の惨劇を、絶対にこの手で阻止してやる)
俺の、昭和をリビルドするための戦いは、より深く、危険な領域へと進んでいく。




