ジュネーブの電撃、国際連盟総会
昭和七年(一九三二年)五月。テロの銃声を未然に完全消滅させた大日本帝国は、次なる主戦場をスイス・ジュネーブの国際連盟本部に移していた。
史実のこの時期、日本は満州国の建国を巡る『リットン調査団』の報告書採択により、42対1(反対は日本のみ)という圧倒的孤立の中で国際連盟を脱退。破滅の世界大戦へと直進するレールを自ら敷いてしまった。
しかし、この世界におけるジュネーブの空気は、史実とは正反対の熱を帯びていた。
「これより、日本国政府が提案した【満州国際管理特区】に関する特別総会を始める」
満員の総会本会議場。世界各国の外交官や報道陣が固唾を呑んで見守る中、壇上に上がったのは、俺が全幅の信頼を置く外務大臣・幣原喜重郎だった。
「我が大日本帝国は、アジアの安定と国際協調を何よりも重んじます。現地の一部不穏分子による『満州国建国』という無謀な謀略を、我が国自らの手で未然に粉砕したことが、その何よりの証左であります」
場内にどよめきが広がる。
史実のように侵略を正当化するのではなく、「軍の暴走を政府と天皇が法に基づいて完璧に鎮圧した」という事実は、欧米諸国に強烈な信頼感を与えていた。
「満州は中国の主権を認めつつ、国際連盟公認の『特区』として、日中、そして欧米諸国の共同出資による近代的な経済開発を行う。
これこそが、世界恐慌に喘ぐ地球社会に新たな富をもたらす、真の平和的解決策であります」
幣原が演説を終えた瞬間、議場は割れんばかりの拍手に包まれた。
だが、この総会の真の「見どころ」は、ここからだった。幣原の合図とともに、総会会場の巨大な扉が開く。
車椅子に押されて入ってきたのは、清朝最後の皇帝であり、関東軍の傀儡にされかけていた男――愛新覚羅溥儀だった。
「な、なんと……清朝の皇帝が自らジュネーブに!?」
各国の外交官たちが一斉に立ち上がり、カメラのフラッシュが激しく焚かれる。
溥儀は緊張に震えながらも、東京の御所で俺から授けられた「一人の人間としての尊厳」を胸に、マイクの前に立った。
「私は……関東軍のテロリストたちに脅迫され、無理やり満州国という歪な国家の主長に据えられようとしていました。もし、日本の偉大なる天皇陛下の迅速なる人道保護がなければ、私は今頃、彼らの操り人形として歴史の犯罪者にされていたでしょう」
溥儀ははっきりと、流暢な英語で世界に向けて語りかけた。
「私は現在、東京にて国賓として、いかなる脅威からも完全に守られ、自由で文化的な生活を送っています。日本が提案した『満州特区』こそが、私にとっても、満州の数千万の民にとっても、最も平和で幸福な未来の形であると、ここに証言いたします」
この溥儀本人の口から語られた「生々しい証言」は、国際連盟の全加盟国を完全にノックアウトした。
日本の行動は『侵略』ではなく、過激派の暴走を止めた『人道的な警察行動』であり、国際秩序の守護者であると、全世界のメディアが絶賛したのだ。
数日後、採択の時が訪れた。議長が厳かに結果を読み上げる。
「――採択。日本国提案、満州国際管理特区案。……賛成、42。反対、0。棄権、1(ソビエト連邦)。よって、本案は全会一致で可決された」
史実の「42対1(日本孤立)」という数字が、俺の現代知識による先制外交によって、今、完全に『42対0(日本完全勝利)』へとひっくり返った瞬間だった。
日本が国際連盟を脱退する未来は、これによって粉々に打ち砕かれた。
それどころか、日本は欧米から「東洋で最も信頼できる唯一の超大国」として、国際連盟の常任理事国の地位をより強固なものにしたのだ。
「……勝ったぞ」
東京の御所の執務室で、ジュネーブからの電報を受け取った俺は、静かに拳を握りしめた。
内憂(軍部のテロ)を完封し、外患(国際的孤立)の最大の引き金をも完全にへし折った。
日本の主権、名誉、そして満州の経済権益という実利。
そのすべてを、一滴の血も流さずに完璧に守り抜いたのだ。
歴史の修正力を完全にねじ伏せた若き天皇――俺の大日本帝国を縛る枷は、これで地球上からすべて消え去った。




