満州国の建国を阻止しろ
昭和七年(一九三二年)三月。
血盟団のテロを未然に防ぎ、国内の治安を完全に掌握した俺の元に、激震が走った。
「報告いたします。関東軍の一部の残党が、清朝最後の皇帝・溥儀を奉天へと連れ出し、満州を中華民国から分離独立させる『新国家(満州国)の建国宣言』を画策しております。
決行予定日は三月一日。……首謀者は、監獄にいる石原莞爾のシンパたちです!」
榊少佐の緊迫した報告に、俺はデスクの上のペンを握りしめた。
史実では一九三二年三月一日、関東軍の主導によって「満州国」が建国される。
これが国際連盟での日本の孤立を生み、最終的な国際連盟脱退、そして太平洋戦争へと至る破滅のレールとなった。
この世界では、河本大作や土肥原賢二ら幹部を一網打尽にし、上海事変も防いだ。
だが、関東軍という組織が満州の肥沃な土地と利権を求めて暴走しようとする「歴史の強制力」は、未だ死んでいなかったのだ。
「溥儀を傀儡にした独立国家など、国際社会が認めるはずがない。建国宣言などさせん。……幣原、ただちに動くぞ」
俺は外務大臣の幣原喜重郎、そして陸軍の規律を統制する永田鉄山中佐を呼び出した。
「幣原、中国の国民政府(蒋介石)、そして国際連盟の『リットン調査団』に極秘裏に連絡を入れろ。
『日本政府は、満州を中国から強奪する意志は一切ない。現地軍の暴走を抑えるため、日中共同、および国際連盟の監視下で、満州の治安維持を行う【満州国際管理特区】の設置を提案する』とな」
「特区、にございますか……?」
幣原が目を見開く。
「そうだ。領土を奪えば戦争になる。だが、国際連盟公認の『特区』として、日本が鉄道の利権や商租権(ビジネスの権利)を合法的に握り、日中共同で経営する形にすれば、欧米も文句は言えん。戦争をせずに、実利だけをすべて手に入れるのだ」
さらに、俺は永田鉄山に冷徹な命令を下した。
「永田、不穏な動きを見せる関東軍の司令部へ、私の『勅使』を派遣せよ。建国を宣言しようとした将校は、その場で全員『統帥権反逆罪』で即決免職、身柄を東京へ強制送還しろ。躊躇はするな」
「ハッ! 陸軍の規律を乱す不忠の徒、即座に排除いたします!」
三月一日、満州・新京。史実なら、清朝最後の皇帝・溥儀が「満州国執政」への就任を承諾し、きらびやかな建国式典が行われるはずの朝。
関東軍の強硬派将校たちが、溥儀を会場へ連れ出そうとしたその時、重厚な扉を蹴破って突入してきたのは、永田鉄山が差し向けた近衛憲兵隊、そして国際連盟の腕章を巻いた「リットン調査団」の外国人将校たちだった。
「動くな! 天皇陛下の勅命である! 独断で新国家の建国を企てた容疑により、貴様らの指揮権を剥奪する!」
「馬鹿な……なぜ国際連盟がここにいる……!?」
関東軍の将校たちは呆然と立ち尽くした。
彼らが「愛国のための建国」と信じていた謀略の舞台裏は、すでに天皇の手によって欧米のメディアや国際連盟にすべて共有されていた。
彼らがここで抵抗すれば、それは日本政府だけでなく、全世界を相手にした「ただのテロリスト」になることを意味していた。
溥儀の身柄は安全に保護され、関東軍の暴走は、建国宣言の一歩手前で完璧に鎮圧された。
数日後。
ジュネーブの国際連盟本部で、日本が提案した『満州国際管理特区案』が全会一致で可決された。
満州の主権は中国に残しつつ、実質的な治安維持と経済開発の主導権を日本が握るという、実利最優先のウルトラCだ。
史実のように「満州国」という歪な国家が誕生することはなく、日本が国際連盟を脱退する未来も、ここで完全に消滅した。
「……これで、外交の最大の癌を取り除いたぞ」
御所の執務室で、俺は満州国建国のニュースが載るはずだった白紙の予定表を、静かにゴミ箱へ捨てた。
軍部の暴走(内憂)を完全に去勢し、国際的孤立(外患)の最大の引き金をもへし折った。
日本の主権と名誉、そして実利を守り抜いた若き天皇――俺の視線の先には、もはや戦火の影はなかった。




