電撃鎮圧・昭和の膿の粛清
昭和五年(一九三〇年)十月十五日、正午。
秋晴れの帝都・東京に、運命を告げる正午の時報が鳴り響いた。
新橋の待合「梅本」で夜を明かした橋本欣五郎中佐、根本博少佐、長勇少佐らは、すでに軍服に身を包み、決然とした表情で立ち上がっていた。
「時間だ。これより首相官邸を急襲、同時に宮中を封鎖する。昭和維新の断行だ!」
橋本が鋭く号令を発し、長勇が部屋の襖を荒々しく開け放った。
――だが、そこに広がっていたのは、彼らが思い描いていた「維新の夜明け」ではなかった。
「動くな! 憲兵隊である!」
襖の向こうの廊下、そして庭に面した縁側から、抜刀した憲兵たちと、三八式歩兵銃を構えた完全武装の兵士たちが津波のように雪崩れ込んできた。
その数は、梅本を幾重にも完全包囲するほどの大部隊だった。
「な、何だと……!? なぜ憲兵がここにいる!」
橋本が腰の軍刀に手をかけようとした瞬間、その手首を凄まじい力で掴み、畳にねじ伏せる男がいた。
四角い顔に生真面目な眼光を宿した男――東條英機中佐だった。
「橋本欣五郎! 貴様らが企てた大逆不道、および兵力私金の陰謀は、すべて筒抜けである! 陛下への不忠極まる売国奴め、大人しく縛につけ!」
東條の怒号が部屋に響き渡る。
「馬鹿な……! 近衛歩兵連隊はどうした! 我らの同志が宮中を包関するはずだ!」
根本博が叫ぶが、その背後から静かに現れた永田鉄山中佐が、冷徹な声で告げた。
「根本少佐。貴様らが抱き込んだつもりの若手将校たちは、一時間前に近衛師団の手によって全員が武装解除され、すでに監禁されている。二宮治重次長、および民間の大川周明も、先ほど同時に身柄を押さえた。……陸軍の中に、貴様らの味方は一人もいない」
「……っ!」
長勇はガチガチと歯を鳴らし、橋本は呆然と天を仰いだ。
一発の銃弾も撃たず、一滴の血も流れない。
現代の防諜知識と、永田・東條の完璧なロジスティクスによって、昭和史最大のテロ組織『桜会』は、産声を上げる瞬間に骨ごと粉砕されたのだ。
数日後。宮中、御前の特設法廷。
俺は玉座から、厳重な手錠と足枷をはめられ、並べられた桜会の核心メンバーたちを見下ろしていた。
橋本欣五郎、根本博、長勇、大川周明、そして裏で手引きしていた二宮治重中将。
史実では、陸軍上層部が「身内の恥」を隠すために彼らの罪を有耶無耶にし、数日間の謹慎処分という信じられない甘い対応で済ませてしまった。
その結果、軍部は「テロを起こしても許される」と学習し、後の五・一五事件や二・二六事件という最悪の惨劇へ突き進むことになったのだ。
(その歴史のバグを、今、この手で完全に修正する)
「二宮。そして橋本」
俺の低く静かな声が、法廷の全参列者の背筋を凍らせた。
「お前たちは『国家の改造』を叫び、民間人を巻き込んで帝都を火の海にしようとした。それがお前たちの言う『愛国』か。……否だ。お前たちがやったことは、私怨と野心のために国家の秩序を破壊しようとした、ただの『大逆不道』であり、国賊の所業である」
「陛下! 我らは、我らはただ、日本の未来を憂えるあまり……!」
橋本が涙ながらに叫ぶ。
だが、俺はそれを冷たく遮った。
「黙れ!未来を憂える者が、なぜ国際協調を壊し、兵を私物化して身内を撃とうとする。お前たちの狭い視野が、大日本帝国を世界から孤立させ、破滅へ導くところだったのだ。……永田。判決を」
俺の合図を受け、裁判長席の永田鉄山が、大日本帝国憲法と陸軍刑法に基づいた、これ以上ない冷厳な判決文を読み上げた。
「――判決。被告、二宮治重、橋本欣五郎、長勇。国家転覆未遂、および大逆罪の首謀として、軍籍を剥奪の上、無期懲役。被告、大川周明、同罪により終身刑に処す」
「ば、馬鹿な……! 陸軍の現役将校が、無期懲役だと……!?」
二宮治重が叫び、法廷にいた強硬派の将校たちからもどよめきが上がった。
しかし、そのどよめきを、法廷の四方を固める東條英機の憲兵部隊が、冷たい銃口の威圧によって一瞬で静まり返らせた。
「連行せよ」
永田の冷徹な命令により、かつて昭和の闇で暗躍した怪物たちが、一人、また一人と監獄の奥底へと引きずられていく。
これで、日本の歴史は決定的に変わった。
陸軍の過激派「桜会」は完全に崩壊。
首謀者たちが公開裁判で厳罰に処されたことで、軍部全体に「天皇の意志に逆らい、独断専行をすれば、いかなる大将・中将といえど破滅する」という絶対の恐怖と規律が刻み込まれたのだ。
史実の昭和を血に染めたテロのドミノ(五・一五事件、二・二六事件)の芽は、ここに名実ともに根絶やしにされた。
「……終わったな、榊」
誰もいなくなった御所の執務室で、俺は眼鏡を外し、深く息を吐き出した。
「ハッ。見事な御聖断にございました。これで帝都の『膿』はすべて出し切られました」
影から現れた榊少佐が、深く頭を下げる。
窓の外を見れば、穏やかな十月の太陽が、焼け野原になることのない平和な東京の街並みを美しく照らしていた。
内憂(軍部の暴走)を完璧に抑え込んだ俺の目は、すでに次なるステージ――世界恐慌をいち早く脱出し、日本を世界最強の「経済・技術大国」へとリビルドする、輝かしい未来へと向けられていた。




