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統制の二巨頭、参内す

昭和五年(一九三零年)十月。


帝都の秋は深まっていたが、御所の空気は張り詰めたままだった。


陸軍内の秘密結社『桜会』によるクーデター、そして浜口首相の暗殺や俺自身の廃位すら含む陰謀の決行日が、刻一刻と近づいている。


「榊、準備はいいな」


「ハッ。宮中の警備、および主要閣僚の身辺警護は完全に完了しております。無線傍受により、やつらの連絡網もすべて掌握いたしました」


影のように控える榊少佐の報告に頷き、俺はデスクのベルを鳴らした。


「よろしい。では、呼び出した二人を通せ」


重厚な扉が開き、二人の陸軍将校が入ってきた。


一人は、鋭い知性を湛えた眼鏡の男――軍事課長、永田鉄山中佐。


もう一人は、頑固一徹そうな四角い顔に、生真面目な眼光を宿した男――同課の東條英機中佐である。




後に陸軍の頭脳として『統制派』を率いることになる永田と、太平洋戦争開戦時の首相となる東條。


史実では歴史の濁流に呑まれていく二人の巨頭が、今、俺の前に直立不動で並んでいた。


「永田、そして東條。急な呼び出し、大義である」


「ハッ。軍事課長・永田鉄山、陛下の召集に応じ、参上いたしました」


「同じく、東條英機にございます。いかなる御用でしょうか」二人は、天皇が陸軍大臣を通さず、一軍事課長に過ぎない自分たちを直接呼び出したことに、明らかな動揺を隠せないでいた。


(驚くのも無理はない。だが、今の陸軍上層部は桜会に対して腰が引けている。実務を握り、かつ軍の規律(統制)を何より重んじるお前たちでなければ、この件は任せられないんだ) 


俺は、榊がまとめた『桜会』のクーデター計画書、そして参加将校の署名簿の写しを、二人の前に静かに滑らせた。


「これを見よ」



永田が書類を手に取り、目を通した瞬間、その端正な顔が驚愕に歪んだ。


背後から覗き込んだ東條も、驚きのあまり息を呑む。


「これは……橋本中佐らの……。陛下、なぜこれほどの機密を……!?」 


永田の声が震える。


「彼らは今月、民間右翼の大川周明らと結託し、三百発の模擬ガス弾と機関銃を投入して首相官邸と御所を襲撃する計画を立てている。目的は軍部独裁政権の樹立。……そして、朕が首を縦に振らねば、秩父宮を擁立し、朕を廃位するつもりだ」


「な、何たる不届き千万を……!」


東條英機が激昂し、拳をこれ以上ないほど強く握りしめた。


彼の「天皇への絶対忠誠」という生真面目な性格が、激しい怒りとなって爆発していた。


「陛下への大逆罪、かつ軍紀を乱す独断専行! この東條、断じて許しませぬ! 直ちに憲兵を動かし、橋本らを縛り首にすべきです!」



「落ち着け、東條」


俺は静かに東條を宥め、今度は永田を見つめた。


「永田。そなたなら、これが何を意味するか分かるな」


永田鉄山は、冷や汗を流しながらも、持ち前の鋭い頭脳で事態の核心を見抜いていた。  


「……はい。もし、宮中や憲兵隊が直接彼らを逮捕すれば、陸軍内の同調者たちは『宮中の弱腰リベラルが、愛国将校を弾圧した』と受け止めます。そうなれば、陸軍は完全に二つに割れ、制御不能の暴走、あるいは本当の内戦に発展しかねません」


(さすがは永田鉄山だ。歴史が認めた天才だけのことはある)  


「その通りだ、永田。だからこそ、お前たちを呼んだ。陸軍の膿は、陸軍自身の手で、軍紀の名の下に粛清させねばならん。外部からの弾圧ではなく、軍の『統制』としてな」




俺は立ち上がり、二人の将星の前に歩み寄った。


「永田、東條。私はお前たちに、陸軍の全権を握らせる。橋本らの決行当日、お前たちが先手を打って、彼らの部隊を包囲・武装解除せよ。そして、クーデター計画の首謀者として、陸軍自身の『軍法会議』で彼らを永久に放逐するのだ。軍の中に、政治を語る不満分子の居場所などないということを、身を以て知らしめよ」


「……!」 


二人は顔を見合わせた。


これは、陸軍内の「革新派(のちの皇道派)」を永田らの「統制派」の手で合法的に叩き潰せという、最高権力者からの全権委任状だった。



「永田。お前が目指す『高度国防国家』の理想は知っている。だが、それは軍人のテロによって成されるものではない。まずは、軍の規律を正せ。東條、お前のその鉄の規律への忠誠を、今こそ示してみせよ」


現代の歴史知識を持つ俺の言葉は、二人の背中を強く押した。


東條は直立不動のまま、涙を浮かべて叫んだ。


「ハッ! 陛下の御恩に報いるため、この東條、命に代えても軍紀の敵を粉砕いたします!」


永田もまた、眼鏡の奥の目を鋭く光らせ、深く頭を下げた。


「御意にございます。陸軍の病根、今ここで我らの手で断ち切ってみせます」 


二人が退室していく後ろ姿を見送りながら、俺は小さく息を吐いた。 


これで、史実の「三月事件」「十月事件」の首謀者である橋本欣五郎らは、計画を実行に移した瞬間、身内である陸軍の「統制」という巨大な壁に激突することになる。



そして何より、史実では暗殺される永田鉄山と、敗戦へと突き進む東條英機を、俺の「チェスの駒」として正しい位置に配置することができた。


「さあ、橋本。お前たちのクーデターという名の茶番劇、いつどこで幕を開ける?」


帝都の夜空に、冷たい風が吹き抜けていく。


歴史を塗り替えるための、本当の「粛清」の夜が近づいていた。


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