45、ポジティブの難しさ
ポジティブシンキングが大事と言われます。
ネガティブよりポジティブのほうが良いということが常識になっていますが、考えれば考えるほどこの常識の難しさを感じずにはいられません。
例えば、失敗を恐れずに頑張ろうという言葉があります。
良く言われる定型句で、誰もがなんとなくいい言葉として捉えていると思います。
しかし、細かくツッコミを入れるときりがないほど、この言葉にはおかしな点が見えてきます。
まずは基本的なことなのですが、失敗を恐れないということは気持ちの問題ではないということです。
失敗とは自分だけでなく周りに波及していくものです。
パイロットが操縦に失敗したら多くの人が死にます。
卵焼きの失敗を恐れず、卵焼きに挑戦するということなら、それは私も普段からやってます。まあまあの形になる成功率は4割ほどでしょうか。6割はスクランブルエッグの路線変更することで体裁を整えています。
失敗を恐れないというのは周りの了解を要するものですから、本人の気持ちだけではいかんともしがたいです。
次に失敗を恐れないということは、失敗を恐れるのが当たり前という話からは逃げているということです。
全体としてはポジティブですが、生命は失敗を恐れるようにできているという現実からはネガティブに逃げていると言えるわけです。
そして、このような原理原則から逃げた実績が1つできたら、あとはずっと逃げっぱなしです。
その結果、ポジティブな言葉は現実離れしたものになっていきます。
極端な言葉としては「一生死なずに生きよう」です。そんな方法があるならぜひ教えて欲しいですよ。
そこまで極端でなくとも「頑張れば必ずうまくいく」ぐらいには現実から乖離してしまいます。
肝心な原理原則を無視してポジティブなイメージが形成されているのだとすると、ポジティブシンキングのたどり着く結果は現実離れした世界観です。無理難題を要求されたり、周りへの配慮の欠落した人物像が出来上がってしまいます。
世界の人から日本人はネガティブだと言われます。
たしかにそうだと思います。
けれど、それゆえに現実から乖離しません。
日本人はネガティブであると同時に、親切で規律正しく民度も高いです。
ネガティブゆえに現実から乖離しない人格が形成されていると言えるのではないでしょうか。
そして、ポジティブ最大の問題点についてお話します。
ポジティブは表現の幅が極端に狭くなります。
「失敗を恐れずに頑張ろう」という言葉で見てみますと、頑張ろうのような言葉でないといけなくなります。
休もうとかゆっくりとかそんな言葉を使うとたちまちネガティブに覆いつくされてしまいます。
それゆえに前のめりとなり、自分の都合しか考えられず、後で大きな代償を支払うことになるのです。身から出た錆ですね。
少ない表現しか使えないから、現実との整合性が取れず、理想論が先行してしまいます。
大谷翔平選手のようになろうなんて言葉はいかにもポジティブですが、現実との整合性が取れていないので、近づくための方法論や具体策がないまま気持ちだけが前のめりになり、未熟な人格のまま進んでしまうのです。
私はネガティブというのはある程度大事かと思うのです。
恐竜が滅んだ理由として最も有力視されているのが、何も考えずに体を大きくしすぎたせいで、寒冷化して食べ物が少なくなった時代に適応できなくなったというものです。
周り、環境との整合性を考えず、身勝手に大きくなった結果、結局身から出た錆を食わされるという話です。
ネガティブによって現実との整合性が取れて、ようやく生命は生きることができるのではないでしょうか。
それでも、私はポジティブになりたいと思いますし、これからはポジティブが大事だとも考えます。
ただし、私が考えるポジティブはちょっと一般的なニュアンスと違っていると思いますが。
私は「死ぬ覚悟」が欲しいと最近は思っているのです。
死ぬ覚悟というのはポジティブっぽくは見えませんが、死ぬ覚悟があればどんなことだって受け入れることができるという意味ではポジティブです。
もし、死ぬ覚悟ができたら、人生でどんな嫌なこと、辛いことがあっても「どうせ死ぬし関係ない」と言えるわけです。
色んなことが起こる人生です。色んなというのは、その大半が悪いことです。
人生のほとんどはそういう黒いもので埋め尽くされます。
そうした黒いものを逐一受け入れていこうと思ったら「死ぬ覚悟」が必要と思うのです。
皮肉なことに、死ぬ覚悟が強いほど、生きることができるのです。
死ぬ覚悟がなかったら、些細なことで心がどん底に突き落とされます。
私がそうでした。
私は生活保護を受けています。生活保護を受けると、毎月、収入申告書というものを提出しなければならないのです。
ところがある日、その収入申告書を間違ってどこかに捨ててしまったようなのです。
私は1週間、ふさぎ込んで何度も死のうと思いました。
1週間後、渋々恐る恐る役所に電話したところ、ケースワーカーがまた送りますと一言言っていただいて、ホッとしました。
なんて些細なことでしょう。ですが、弱い人間、死の覚悟がない人間にはこれでもうつ病手前まで追い詰められる悲劇です。
こんなことが悲劇になっていたらこの先の人生が思いやられます。ほんと、どうなるのでしょう、私の人生。
だから、死ぬ覚悟が欲しいのです。
死ぬ覚悟なんて現実から乖離した特殊能力の1つかもしれませんが。
人は基本ネガティブです。ネガティブだからこそ現実との整合性を取って長く生き続けているのです。
しかし、そのせいでその人生がとてつもなく苦しいものになっているのも現実です。
こんなことならポジティブでさっさと滅べば良かったんだと思うこともあります。
そう考えると、どっちかの味方にはつけません。
間でフラフラしていくしかないのが人生ではないかと思います。
本当に憂鬱になりますと、人生というやつは。




