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41、マウントを取りたい

 SNSでは、マウントという行為がしばしば嫌われの対象として取り上げられます。

 お金持ちアピールや幸せアピールがうざったらしいという話です。私も他人の幸せはうざったらしいと感じるタイプです。

 ですが、素直に願望を述べるなら、私もマウントを取ってみたいです。

 マウントというのはやりたいことの1つなのです。


 残念ながら無職で障害者の私はマウントが取れません。

 私が取れるマウントは下マウントだけです。いわゆる不幸アピールをして「僕は世界一不幸な存在だ」とみなに知らしめようとするものです。

 ですが、その不幸マウントでさえも、食事も取れない人、寝たきりの人には決して勝てません。

 底辺なのに、なぜか上も下もない微妙なところにいてしまうのが私という存在なのです。


 そんな上も下も見えない私の不幸マウントをご覧ください。


 最底辺からちょっと上にいるって辛いんですよ。

 本物の不幸はみんなから同情されます。

 心臓移植を待つ子供には1億を超える寄付金が集まるのです。

 ですが、私には1円玉すら投げられません。

 罵声を浴びせられるだけです。

 かと言って上を見ても、地上まで這い上がれる距離ではありません。

 頑張っても頑張っても全然光が見えてこないのです。


 偏差値が30未満なら勉強の道をあきらめて、別の道を前向きに探すことができます。

 偏差値50なら安心できます。

 偏差値60なら頑張れば最上位にいけるかもしれないという希望があります。

 辛いのは偏差値40なのです。

 あきらめるには最底辺まで距離があり、希望を見出すにはあまりに遠すぎる。

 まさに上下左右ともに闇の世界なのです。

 この辛さ、尋常ではありません。

 特に精神の障害って理解されないんですよ。人が思っている以上に最底辺の苦しみなのですが、「甘えだ」と言われてしまいます。

 私の人生って、絶妙に閉じ込められてしまっているのです。

 同情されないけど、賛美もされない。

 頭がどうにかなりそうです。これが一番の不幸かもしれません。

 一思いに殺されるわけでもなく、しかし人並みに暮らしは程遠い。

 闇が最も濃い存在、それが私なのです。

 私は悲劇の最悪主人公なのです。


 以上、私の不幸マウントでした。

 もしかしたら共感してくださる方、いらっしゃるでしょうか?

 上も下も遠いという中途半端なところを漂う苦しみです。

 人生に絶望するのって、この中途半端なところだと思うのです。

 山で例えると、何の見どころもない高さ400mのやつです。埋蔵金でも眠っていればいいですが、すでに開拓済みです。

 夢も希望もない。けれど、底辺までもまだ距離があってしまうのです。


 この絶妙な閉じ込め方、どこかで聞いたことがある気が……。

 ああそうだ、死刑囚のそれだ。

 死刑囚は死刑求刑後すぐに死刑になるのではなく、何年か生かされてある日突然死刑が執行されるのです。

 私の人生、死刑囚のそれにあまりに似ています。

 いつ死ぬかわからないけれど、そう遠くはない未来のこと。けれど今日ではないのです。そして、独房に閉じ込められているから希望はありません。

 それでも食事が与えられて生かされてしまうのです。


 覚悟という言葉があります。

 覚悟って短時間しか続かないんですよ。バンジージャンプを飛ぶときのように、目の前のその瞬間に集中して出てくるものです。

 だから目の前にやるべきことがあって、それに集中しているときに覚悟が持てるのです。

 ですが、私の人生、覚悟の持ちようがありません。

 目の前に何もないからです。突然、嫌なことが降りかかってきますが、基本的に何もないのです。

 覚悟というドーピングすら使わせてもらえず、徐々に精神的肉体的に追い詰められてしまうのです。


 目に見えないけれど、いつまでも眼前を漂い続ける不安というやつが渦巻いています。

 手に取ることもできませんが、確実に私たちをむしばんできます。

 覚悟を決めているうちは何もしてきませんが、覚悟が切れると巻き付いてきます。

 もがけば一瞬振りほどくことができますが、やつは決して死なないので、再度襲い掛かってきます。

 やつを倒す方法は自分が死ぬことだけ。


 どんなに強いボスでも眼前に実体として確かに存在していれば、やりようはあると思います。

 ですが、私の人生は見えないし、周りの人は存在に気づいてもいないのです。

 かと言って、幻覚でもありません。それは確かに存在しているのです。

 けれど周りの人には見えないから仲間を頼れません。たった一人で挑み続けることを強要されるのです。

 そういう厄介なボスを掴まされたのが私の人生なのです。


 なんか新しい拷問を受けているような気分です。

 拷問が終わる日は死ぬ日です。

 死だけを希望にやっていしかないです。


 精神科の先生もカウンセラーも決して助けられません。

 なぜなら、彼らには私が戦っているボスの姿が見えないからです。

 普通の人間の感覚では理解ができないボスの倒し方をアドバイスできないのです。

 だから「希望を持て」とか「頑張って生きよう」とか決して当たらない攻撃ばかりを繰り返しています。

 だから、政府が作った相談窓口なんて無意味です。

 ボスが見えてない人のアドバイスはマジックポイントの無駄遣いなのです。税金の無駄です。

 私も使ったことがあります。心のSOSとかいうやつ。

 自殺願望が高まったとき、電話をつないだら、まったく当たらない攻撃の数々が飛んで来るのです。

 余計に死にたくなったのを覚えています。


 それでも、私に回復魔法をかけてくれる存在もいます。

 私の作品を読んでくださる読者は、エリート医者が覚えていない魔法を覚えているのでしょう。


 結局、究極的なところで大事なことは学歴でも医学でもないとわかりました。

 その人の戦っている姿を見守ってくれる人だけが「最も強力な回復魔法」を習得できるのです。

 ほんのちょっとした温かい見守りが、過酷な人生を生きる力になります。


 ほんの少しの見守りもしない人が冷たい口調で「自殺はあかん」なんて言ってるのを見ると、彼らが覚えていた魔法が「レベル何とかデス」だったと悟ることができました。

 私のレベルがいくつかはわかりませんが。

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