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30、AIの書いた小説

 最近はAIが発達して、AIで小説を書くこともできるようになったようです。

 私も話題になっていた作品を読んでみたのですが、驚くほどの精度でした。

 ほんの少し前に、AIロボットがSNSにコメントする問題がありました。

 閲覧数1回を10円、コメント1回を100円で購入することができるようなサービスがあり、依頼を受けた業者がAIロボットにコメントをさせていたのです。

 そのときは人とAIを瞬時に見分けることができました。


 AIのコメントはこんなふうになる傾向があるからです。

「あなたはナイスですね。たくさんの絵文字」

「いいねを押しています。たくさんの絵文字」

「あなたの動画は公開されるから見ています。たくさんの絵文字」


 そして、こうしたコメントの中に人間のコメントがこんなふうに混じっています。

「なんかコメ覧、おかしくね?」


 ところが、最近はチャットGPT、GOOGLEGEMINIなどの精度の高い生成AIが登場しました。これらのAIはAIらしさがだいぶ無くなりました。

 見る人が見れば違いがわかるのでしょうが、私は正直見分けがつかなかったです。

 仮におかしな表現が混ざっても、そこはおそらく人間が修正しているのでしょうし。

 人とAIの見分けがつかなくなれば、AIの独り勝ちになりそうです。

 AIは1本の小説をなんと30秒で書くというのです。

 人が3か月、長ければ10か月もかけて書く小説が30秒で紡がれてしまうのです。

 人間とAIが同じなら、人間が小説を書いても、AIの波に負かされてしまう日が遠くない将来来るのかもしれません。


 そんな中で、人の書いた小説がAIの書いた小説と差別化される点があるとすればなんでしょうか?

 1つは知名度です。芸能人が芥川賞を取り、その受賞作が売れるように、作品より知名度によって特別化する方法があります。

 もう1つはAIに組み込まれていない独特の表現をすることです。いわゆる個性というものです。

 模範解答には遠いおかしな文章だけど、それゆえにAIと差別化されるとすれば、私のような素人にもワンチャンスあったりする時代が来るでしょうか。そんな夢見たりもしたい気分です。


 AIが開発されたとき、ホワイトカラーの仕事の多くがAIに替わると予想されていました。

 逆にブルーカラーの仕事や創造性のある仕事は替わられないと予想されていました。

 しかし、生成AIは小説もイラストもそれなりのものを出してきています。音楽も精度が上がっていると聞きます。さらには声優も可能だというのです。

 創造性もAIが十分に浸蝕する余地があるということです。


 しかし、人間には最強の武器があります。それが法律です。

 法律でAI生成による作品は商業的に利用できないとしてしまえば、AIがどれだけ優秀でも檻の中です。

 優秀なものが檻に入れられるというのは面白い話ですが、うなずける話でもあります。

 核兵器の登場が核廃絶運動につながっている通り、突出した優秀な存在は人間の尊厳などを奪う可能性があるというわけです。

 歴史的にも優秀さに酔ってしまった者が戦争を引き起こしています。

 最近のウクライナ戦争やイラン戦争は権力に酔いしれた者たちが引き金を引きました。

 太平洋戦争も、軍部が突出して戦争反対を訴える日本の首相がやられてしまうような状況で起こりました。

 何かが突出するというのは恐ろしいのです。

 お金もそうです。経済格差が広がれば、国をお金で買うようなことも出てくるかもしれません。アメリカがグリーンランドを買うという話もありましたが。

 優秀な存在が人類に不利益を与えるという事例のほうが、無能な人類が足を引っ張って不利益という事例より多いのかもしれません。


 だとしたら、私が無能であることはそこまで否定されなくてもいいのかもしれません。

 どうでしょうか?

 やっぱり無職はダメですか?


 考えてみれば命って優秀さを競うゲームのようなものです。

 強い者が弱い者を食べ、強い者が生き残ります。

 しかし、ダーウィンはその先のことにも介入しています。

 強い者が弱い者を食べるが、結局恐竜が滅んだとおり、強くなりすぎると体を維持できなくなり滅んでしまうのだと。

 結果、地中で暮らす小さな虫のほうが恐竜より長く生きているのです。


 しかし、私はこの歳になってこう思います。

 生きることに一生懸命である必要はないのかなと。

 どれだけ頑張って生きても、たかが知れていると感じます。

 目の色変えて執着して手に入れようとするほどに素晴らしいものはこの世界にはないのかもしれません。

 そんな私はもう優秀さに対する憧れもありません。

 今さら、AIと競い合って素晴らしい小説やエッセイを書こうとも思いません。

 自分の書けることを書いて、そのうち死んでいくのです。

 哀しみと虚しさの風に吹かれるような話ですが、私は黄昏斜陽の中に、愛とか優しさみたいなものを感じています。

 滅びゆく人のほうが、笑顔で愉快に踊る人より好意的に見えるようになりました。

 ベッドで寝たきりでまもなく死んでいきそうな人に自分を写すことが多くなりました。

 それは哀しみというだけでなく、人が神になろうとする神聖な瞬間にも見えるのです。


 そんなことを書いていたら、ひょっとして私はAIに取って代わられない存在になるでしょうか?

 AIに取って代わることはない反面、読者も少ないのですが。

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