3、ワールドカップ
世の中はワールドカップで盛り上がっています。
ワールドカップを見ていつも思うことは、どうすれば自分もあんなふうになれていたかなということです。
幼いころからサッカーの練習に精を出して、科学的なトレーニングや食事をストイックに続けて、人生のすべてをサッカーに捧げたら、そのようになれていたのでしょうか。
それとも特別な才能がないとなれないものなのでしょうか。
1つだけ言えることは、私の場合、今更もう手遅れということです。
特に熱烈に応援することもなく、目に留まったら見ている程度でワールドカップは見ていました。
熱烈なファンがいて、マスコミが後押しして、私のようなみなが注目しているから目に留まったら見ようという層がいて、それで世界全体が盛り上がっている感じです。
そうやって、組織とか国は団結していくのかなと思う今日この頃です。
例えば、もし私に熱烈なファンがいて、マスコミがそれを後押しして、みなが注目しているから目に留まったら見ようという層が私を見始めたら、私も有名人になれるのでしょうか。
現実的にありえないとしても、妄想ぐらいはしたいものです。
冷静に考えると、不思議に思うことがあります。
そうして有名になったとしても、誰にも相手にされなかったにしても、結局、自分という存在は変わらず、自分の書くエッセイの内容も変わらないということです。
そう考えると、勝手に妄想して、勝手に虚しさを感じてしまいます。
こうして世界が熱烈に応援していますが、サッカーという競技自体はとても原始的で、昔からどこの広場でも多くの人が当たり前にプレイしているスポーツなのです。
それが世界の注目によって、何かとても重要な何かのようになってしまっていますが、サッカー自体はありふれた娯楽の域を出ないものなのです。
ひねくれた考え方でした。
そんなひねくれた考え方が出てくるのも、結局自分もそうなりたかったという願望の裏返しと思います。
ええ、なりたかったですよ。みなに注目される英雄というやつに。
ところで、日本のサッカーは強くなったと思います。
技術的な部分は他のチームにも負けていないように思いました。
私の素人目には、ここ一番のフィジカルで少しだけ差がついていたのと、前半に体力を使い果たして、持久力で後れを取ってしまっていたように見えました。
ゴール選手の鈴木選手のフィジカルは世界レベルだったと思いますが、他にもあと2、3人ぐらい世界レベルのフィジカルを持つ選手があれば、優勝できるのかなと思いました。
日本はスポーツ全般でトップクラスです。しかし、フィジカルの差が出やすい競技で強豪に後れを取っているように思えます。
ということは、やっぱりスポーツは才能がすごく大事なのかなと思ったりしてしまいますよ。
私が生まれ変わって、最高の努力ができても、届かないのでしょうね。
そういうことを言うやつは努力もできないのでしょうけども。




