26、猛暑の日のジュースのうまさ
最近の夏は暑すぎて頭がどうにかなりそうです。
しかし、そんな夏でもいいことはあります。
郵便局に用事があって、猛暑の中を歩き始めて、汗だくになってようやく郵便局に到着しました。
しかし書類に不足があることに気づき、私は「何やってんだ、この馬鹿」と自分の頭を叩いて猛暑の中を引き返しました。
不足をそろえて再び郵便局に向かい、無事用事を終えました。
帰りにスーパーに立ち寄って、オレンジジュース900mlを含む色々を購入しました。
家に帰って、のどの渇きに駆り立てられて、私はオレンジジュースをがぶ飲み。
犯罪的にうますぎました。
なんと900mlが消え去りました。
冬だったら7回に分けて飲むような分量がものの数分で消滅。
そのときの私の目は本来のよわっちい社会的弱者のそれではなく、間違いなく百獣の王のそれだったでしょう。
夏が暑いゆえに、その鬱屈としたエネルギーを放出させてくれる器が発見されると、人生最大の喜びが現れます。
鬱屈としたエネルギーの放出には器が必要です。
夏の暑さを放出してくれるのは冷たいジュースです。
私はお酒が飲めないので、この歳になってもジュースなのですが、人によってはビールやハイボールなんかになるでしょうか。
夏の暑さが鬱屈エネルギーで、冷たい飲み物が器となり、人生の喜びの最大値を叩きだすのです。
このように、どれほど苦しいことでも、それを解放させる器があれば、苦しみはチャラになります。
夏の暑さは冷たいジュースがチャラにしてくれました。
そこで、私は人生を解決する画期的な方法を思い付きました。
聞いてください!
どんなにつらいことがあっても、その鬱屈エネルギーを放出させてくれる器があればすべてチャラになります。
むしろ、そのつらさが人生最大の喜びに換えてくれます。
辛いことを無くさなくてもよくなります。むしろ辛いことはどんと来いという気分です。
どうでしょう、僕、いますごいこと思いついたんじゃないですか?
では、その器はどこにあるのか?
うーん……それを記す余白は十分になく……。
はい、肝心な器がどこにもありません。ですからみな、苦しんで鬱屈エネルギーを溜め込んで、解放できずにいるのです。
そうなんです、人生のほとんどの苦しみはそれを受け止める器がないまま溜まっていきます。
だから、人生は辛いのです。大変なのです。どうにもならないのです。
そこで、最近はこう思います。
死が人生の苦しみの器なのではないかと。
もうどうにもならないほど苦しいなら、死んでしまうことが解決になるのではないかと。
別に自殺を推奨しているわけではありません。
本当に苦しければ、望む望まないにかかわらず、人は死んでしまいます。
その死をネガティブに捉えなくてもいいのではないかと私は言いたいのです。
苦しみに耐え抜いて、その結果として死んでしまった人たちはその人生で溜めた苦しみを死の器に注いでいて、それは人生を耐え抜いた人へのご褒美だと思いたいのです。
器がない人生を生かされて、あまつさえ、死さえも否定されるのかと思うと、死を否定される方の残酷さを感じずにはいられません。
私にもし神様のような力があれば、頑張った人には器をあげたい。ただそう思っているだけです。
死は間違いと、頑張った人を否定するだけの度量は私は二度と持つことはないでしょう。




