21、面白い小説ってどんな小説なのか
小説にチャレンジしていますが、できれば面白い小説にしたい。
では、面白い小説とは?
いくつかのアプローチがあります。
売れている作品=面白い小説
自分が面白いと思った作品=面白い小説
どちらも間違ってはいませんが、要素が足りないという気がします。
では、このようなものはどうでしょうか。
まったく新しい作品=面白い作品
よくある二番煎じ物=面白い作品
どれも間違ってませんが、やはり要素が足りていないと言えそうです。
1つ言えることは、少なくとも好きなように書いてみたり、何かの真似事をやってみたり、個性を出してみたりを何度も繰り返す必要があるということです。
才能か運か知名度があっていきなり大ヒットという人もいますが、大多数は何度も試行錯誤してその先に奇跡が起こるかどうかではないかと思うのです。
うまくいく確証も何もない中でずっとやり続けるというのは大変なことだと思いました。
それでも継続できる人がいるというのは、単に根性があるというだけでなく、書くことが好きという性質があるのだと思います。
私もこうやってエッセイを書いてみて、出来栄えが悪くとも書くこと自体は好きなのだとわかりました。
では、どうして書くことが好きになれたのでしょうか?
これは偏見かもしれませんが、小説家というのは孤独で厭世的な人が多いという印象があります。
普段から人との交流が少なく、話をしたくてもする相手がいないという環境になります。
それでも、何かを話したいという願望があって、それが「書く」という行為に通じているのかなと。
私がエッセイで書いていることを、世間話の中でやると、きっと「変なやつだ」と思われてしまいます。
しかし言いたいことはずっと心の中にあって、それが出てきたがっているのです。
書くとはそういうものを出そうとする行為ではないかと思いました。
これも偏見かもしれませんが、誰かの笑顔のためには「書く」ということはできないと思うのです。
書くというのは、自分の中にある言いたくても言えないというわだかまりが出てくるものだと思うからです。
どちらかと言うと、「社会のこういうところが気に入らないんだ」というような喧嘩腰な態度で生み出されてくるのが「書く」ということだと思うのです。
こうして、私なりにとりあえずの結論を出してみました。
結局、自分が好きなことや言いたいことを書くことでしか書けないのだと思います。
自分が面白いと思っていないけれど、世間的に人気があるジャンルがあっても、きっとそれは書き続けられないと思います。
書けばお金がもらえる状況ならまだしも、多くの人はそうではないのですから、書き続けるには、自分が書きたいと思うものを書くほかないような気がしました。
作家というのは技術でどうにかやっていける世界とは思えません。「書く」という原動力を総動員して、それで奇跡が起こるかどうかという世界のように私は見えましたね。
出来栄えは自分ではコントロールできません。
自分なりに悪戦苦闘しながら小説というものを書いてみようと思います。




