18、どうして高市総理の人気はずっと高いのか?
高市総理の支持率が常に60%以上あるそうです。
前任の石破総理の支持率が30%を下回っていたことを考えると大きな違いです。
私は政治に興味がないのですが、石破総理だったころと高市総理のいまで、どっちのほうが生活が苦しいかと言うと、断然高市総理のいまです。
私の暮らしは悪化し続けています。
生活保護受給者ですから文句は言えませんが、生活保護というのはかなり経済指標と連動しているので、生活保護が苦しいということは全体的な暮らしもおそらく苦しくなっていると思われます。
株価は上がっていますが、株価が上がって恩恵を受けるのは日本国民全体の2割未満とされているようです。
大多数の暮らしを向上させませんというより、金融資産の上昇はインフレという副作用を招くことは経済学では常識のようですので、インフレによって8割は苦しくなっています。
事実、エンゲル係数は上がっています。食費だけで多くのお金が消えてしまう現状です。
しかし、支持率がこれほど差をつけるということはやはり、生活状況というものは政治においてあまり大きな要素ではないということです。
政治における人気を左右するのは「実」ではなく「像」だと思います。
実際にどれぐらいの実績があるかではなく「すごく日本を良くしてくれているかもしれない」という「像」の部分です。
石破総理の場合、「何も変わっていないし、暗いイメージに見える」というのがあったのだと思います。
実績としては可もなく不可もなくいつもの日本が続いていたという感じだとしても「像」はマイナス面が強調されていました。
高市総理の場合、エンゲル係数上昇などの実の打撃があったとしても「日本を素晴らしく改革してくれている」という「像」が強調されての支持率向上だと思います。
例えるなら、毎度負けているけれど、「チーム自体は良くなっている気がする」というスポーツチームのような感じです。
政治家というのはそこが大事なのだろうなと思います。
実よりも像を大きく見せたほうが人気が取れるというのはマーケットの常識かもしれません。
実際にすごいよりもすごそうのほうが購買意欲をかき立てます。
小説なんかも「表紙詐欺」という言葉が使われたりします。
イラストが良いから面白そうだったけど、実際の内容はそうでもなかったというときに使われる言葉です。
像をどれだけ大きく見せられるかでどんどん世界が動いていくとどこかでやられそうな気がするのは私だけでしょうか。
しかし、像を大きく見せるにも、それなりの実が必要です。
私が頑張って像を大きくしても、誰かの目に留まるような大きさにはなりえません。
像が大きいということは、実も最低限の大きさは持っているということです。
私の像はどんなに大きくなっても山の上に顔が出るほどにはなりません。
像を大きくするだけ虚しさが増していきます。
そんな私は等身大で何とか歩いて行くしかないのです。
取り残されてぽつぽつ歩く姿は本当に残念に見えるんだろうなと、自分の後ろ姿を想像していまはかなり鬱です。




