17、推し活について
推し活が流行っているそうです。
推し活というのは特定の誰かを応援し、基本的には多くの金銭を捧げる活動のことだそうです。
推し活をするには、まずは推しを見つけなければなりません。
私には推しがいません。
私は昔から特定の誰かを好きになることがありませんでした。
学校にかわいい子が20人ほどいて、その中から誰かを好きになるのではなく、誰でもいいというノリだったのです。
当然のごとく、誰でもいいとストライクゾーンを広げても、たった一人も引っかからなかったのですが。
それでも特別に好きな子が1人、中学生のときにいました。そのときが私の唯一の推し活チャンスだったでしょうか。
しかし高校に上がると、もっと好きな子が3人ほど発見されてしまったのです。笑
いまは……横並びですね。女性がみな同じ顔に見えるようになってきました。これは老眼の始まりなのでしょうか。
私はこれまで音楽にせよ、アニメにせよ、推しを見つけて応援するのではなく、面白いものがあれば見たり聴いたりすると言った具合でした。
ベースが「人」ではなかったのです。
かわいい子なら誰でもいいですし、面白いアニメなら誰が作ってもよかったのです。
推し活というのはベースを具体的に「特定の誰か」に絞って出てきたものだと思います。
例えば、面白いアニメがあったとします。
それが「日本の作品」か「中国の作品」かを気にしている人は日本を推しているわけです。
私はいいものなら、国は問わないタイプです。
ですから、アニメも洋画も見ますし、韓流ドラマもいいものは見ます。
抽象的なものをベースにすると、推し活は成り立ちません。
面白いをベースにすると、面白ければあっちこっちに手を出すことになってしまいますから。
推し活を広くとらえれば、国、家族と言った枠組みになるのではないでしょうか。
結婚すれば、パートナーだけを愛する必要があります。
嫌なところがあっても妥協しないといけませんし、パートナー以外に好きな人を見つけてもあきらめないといけません。
子供ができたら、子供優先です。自分の好きなことをあきらめて、子供のために頑張らないといけません。
こうして考えると、推し活というのはすごく純粋で素敵な人間性から出てきたものだと思うのです。
逆に浮気癖がある人は推し活ができません。
よいものなら、自分のパートナーや家族の外側のものでも良いと考えてしまうタイプなのでしょう。
ということは私は浮気するタイプなのかもしれません。
でも、大丈夫。私には本命のパートナーも浮気する相手もいません。
それは悲しいことなのでしょうか、それとも変なしがらみに呑まれていない恵まれたことなのでしょうか。
1つ言えることは、いまの私は大変な不幸を感じて生きているということです。
こんな不幸な目に遭うぐらいなら、推し活のようなものに溺れていたかったと思う一方で、私はそうしたら沈んで死んでしまうんだろうとも思います。
つくづく思います。私の人生は嫌な人生だよって。




