11、死んではいけないのでしょうか?
ニュースで、子供が亡くなったりすると、死んではいけなかったというような空気感で報道されることが多いです。
子供の自殺が増えていて、それは良くないことだというのが前提で語られています。
私は変な人間でして、いつもそういう風潮に疑問を感じてしまいます。
死んではいけないという風潮が、私には強いプレッシャーに感じられてしまって、すごく居心地が悪いと感じるのです。
人はみな死にますし、生まれつきで体や精神の強弱に差があるものです。
それを無視して、すべての人が同じように捉えられている様が私には納得できません。
私は、人は死んでいいと思うのです。
死なないように抗うのは生命の性ですが、死そのものは食物連鎖の基本でもあります。
少々語弊のある話ですので、もう少し詳しく話します。
人は死なないように頑張っています。しかし、死んだほうがいいという局面は多くあると思います。
極論で言うと、首を斬り落とされても死ななかったら、とても辛いでしょう。
生きるべきときと死ぬべきときがあって、どこかの境界線を認めるべきと私は言いたいのです。
今の風潮としてはその境界線がなく、何としてでも生きるほうに持っていこうとしてしまっているように思います。
それが何をもたらすでしょうか?
生きているのに、死にたいという感情にさらされる半分死んだ状態だと思うのです。
生きるというフェーズを超えても生かされてしまうことで、まるでゾンビになったかのようになってしまうように思います。
私は死んだ人に対しては、死ぬべきフェーズで自然な形で死んだので、それはバッドエンドではないと考えたいタイプです。
死ぬことがネガティブだと、生きたままずっと死の世界を彷徨い続けているような状況になります。
亡くなった方は、とても自然な形で亡くなったのであって、決して悪いことではないと私は思うようにしています。
その後で、そういう方が亡くなる必要がない環境づくりをするかどうかは各人様々が考えればよいと思います。
私の感覚としては、人が亡くなるたびに、死なないように環境を変えていくと、いずれ死のフェーズが完全に否定されてしまうような気がして怖くなります。
死なないことを正義としてたどり着く境地が「あまりに生きていられない地獄」になってしまったら本末転倒な気もするのです。
心理的にも、死んでもいいと言われているほうが生きやすいと感じます。
生と死、どちらにも触れすぎないようにちょうどよいバランスを探していくべきです。
今の社会は生に触れすぎていて、死ぬことがダメと言われているようで生きられない環境になろうとしているように思えます。
生に触れすぎることと少子化との関係なんかも研究していいのではないかと思います。
死にやすいほうが安心して子供が産める可能性があるとすれば、この世界は奥が深いと感じます。
私の経験則としても、死なないプレッシャーはきついです。死なないでという愛のある言葉が生き地獄を作りだしてしまうというのは皮肉です。




