第三部:氷龍の涙と双つの王冠 凍てつく海への誓い(1)
「調査隊を編成し、直ちに『龍の墓場』へ向かう。……だが、誰を隊長とするか」
アルフォンス王子の言葉に、作戦会議室は重い沈黙に包まれた。
目的地は、未踏の極寒地帯であり、世界のバグが吹き溜まる死の領域だ。生半可な実力者では、辿り着く前に発狂するか、凍死するのが関の山だろう。
「私が、行きます」
凛とした声が響いた。
セリナだ。彼女は椅子から立ち上がり、兄であるアルフォンスとベルクを真っ直ぐに見据えた。
「セリナ、何を言っている。お前は次期女王だぞ」
「そうだ。今回の戦いで国民はお前を支持した。今、お前が国を離れれば、民は不安に駆られる」
二人の兄が即座に反対する。もっともな意見だ。
だが、セリナは一歩も引かなかった。
「だからこそ、です。……あの『黒い霧』は、私たちの国の根源に関わる呪いです。それを解明せずして、真の安寧は訪れません」
セリナは胸元の『氷龍の涙』――今は輝きを失い、ただの石のようになったペンダントを強く握りしめた。
「それに……私はもう、王城の奥で報告を待つだけの人形には戻りたくないのです。私の英雄たち(・・・・・・)と共に、この世界の真実を、この目で見届けたい」
その視線が、俺たちに向けられる。
信頼と、そして共に死地へ向かう覚悟。その熱量に、アルフォンスは深いため息をつき、そして微かに笑った。
「……強くなったな、セリナ。かつて私の後ろに隠れていた泣き虫が、今や私を説得しようとするとは」
アルフォンスは立ち上がり、妹の肩に手を置いた。
「よかろう。私が摂政として、お前が戻るまでこの国を護り抜く。……その代わり、必ず生きて戻れ。これは王命ではなく、兄としての願いだ」
「……はいっ! 兄様!」
セリナの顔が輝く。
こうして、セリナを含む『特別遊撃隊』による、極北への遠征が正式に決定した。
***
「さて、精神論だけで極北の海は渡れんぞ。ついて来い」
会議の後、アルフォンスは俺たちを砦の地下――厳重に封印された**『王家の宝物庫』**へと案内した。
重厚な扉が開くと、そこには冷気と共に、数々の武具や魔導具が眠っていた。
「好きなものを持っていくがいい。……と言いたいところだが、お前たちにはこれが必要だろう」
アルフォンスが指し示したのは、白銀の毛皮で仕立てられた数着の外套だった。
「**『雪龍の外套』**だ。この国に生息する最高位の魔獣の革を、王宮魔導師が一年かけてなめしたものだ。物理的な防寒だけでなく、微弱な『穢れ』程度なら弾く結界効果がある」
「へぇ、こいつは上等だ。俺のボロ布とは大違いだな」
燈実が口笛を吹き、早速袖を通す。
俺も受け取ったが、その軽さと温かさに驚いた。これなら、あの極寒の海でも活動できる。
「それと、勇三郎。君にはこれを」
アルフォンスが、一つの小箱を差し出した。
中に入っていたのは、透き通るような水晶の指輪だった。
「**『定着の指輪』**だ。本来は、魂術の暴走を防ぎ、魂を肉体に繋ぎ止めるための補助具だが……」
ドキリとした。
まさか、俺の身体の異変に気づいているのか?
俺が顔を上げると、アルフォンスは静かに首を振った。
「君の纏う空気が、どこか危うげに見えたのでな。まるで、どこか遠くへ消えてしまいそうな……そんな顔をしていた」
鋭い。さすがは一国の軍を率いる男だ。
俺は平静を装い、指輪を受け取った。
「……ありがとうございます。大事に使います」
指輪をはめる。
すると、指先から微かな温もりが流れ込み、不安定だった俺の輪郭が、ピタリと安定したような感覚があった。
あくまで気休めかもしれない。だが、今の俺にはこの「重り」が必要だった。
「そして、最後にこれだ」
アルフォンスが宝物庫の奥にある、地下水路へと続く扉を開けた。
そこには、氷の海に浮かぶ一隻の船が係留されていた。
全体が青白い氷のような金属で覆われ、船首には鋭い衝角を備えた、攻撃的なフォルム。
「王家専用砕氷艦、**『スレイプニル』**。氷を砕き、魔獣を退け、世界の果てまで航行するための、我が国の最高傑作だ」
「すげぇ……! これなら行けるぜ!」
仁が目を輝かせて駆け寄る。
俺もまた、その威容に圧倒されていた。
準備は整った。
装備も、船も、そして仲間たちの覚悟も。
不安がないと言えば嘘になる。
指輪をしていても、ふとした瞬間に視界にノイズが走る。
俺というバグを消そうとするシステム(世界)の意思は、刻一刻と強まっている。
(……急がなきゃな)
俺は震えそうになる右手を、新しい外套のポケットに隠した。
隣でテクノが、心配そうに、けれど力強く俺の足に体を擦り付けた。
「行こう、勇三郎。世界の果てへ」
「ああ。全ての謎を解き明かしにいくぞ」
俺たちは『スレイプニル』へと乗り込んだ。
目指すは北の果て。
世界の真実が眠る場所、**『龍の墓場』**へ。




