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銀龍のテクノ  作者: 銀獅子
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第三部:氷龍の涙と双つの王冠 獣たちの内緒話(1)

 王家専用砕氷艦『スレイプニル』の甲板。

 出航の準備に追われる船上は、ピリピリとした緊張感に包まれていた。

 これから向かうのは、地図にない死の海域。船員たちの顔は一様に硬く、見送りに来たアルフォンス王子たちと最後の打ち合わせをする勇三郎やセリナの表情も険しい。


 そんな人間たちの足元で、もう一つの「作戦会議」が開かれていた。


『――ねぇみんな、見て見て! わたくしの新しい毛並み!』


 最初に口火を切ったのは、進化したばかりの白鼬しろいたち、**フィーナ**だった。

 彼女は甲板の樽の上にちょこんと乗り、朝日に輝く結晶混じりの白い毛皮を、これでもかと見せつけるようにポーズをとっている。


『どう? このつや! この輝き! まるでダイヤモンドダストでしょう? セリナ様に合わせて、少し大人っぽくなりましたのよ』


 フィーナが得意げに尻尾を振る。

 その様子を、少し離れた場所で寝そべっていた紅い鷹、**紅羽くれは**がジト目で見ていた。


『はいはい、綺麗よフィーナ。……でもあんた、浮かれすぎてない? これから行く場所、アンタの毛皮ごと凍るような寒い場所よ』

『あら紅羽さん、嫉妬ですの? 貴女の自慢の赤い羽も素敵ですけど、雪景色には目立ちすぎて標的にされそうですわね』

『なっ……! なんですって! この赤こそが「紅鷹」の誇りよ!』


 バチバチと火花を散らす女子(?)たち。

 その横で、青い馬の魂獣、**あお**が深く、長いため息をついた。


『……元気ですね、あなたたちは。僕はもう、クタクタですよ』


 蒼は長い首をうなだれ、甲板に突っ伏している。


『蓮のやつ、昨日の戦いで何回「転移」を使ったと思います? 四十八回ですよ、四十八回! 僕は馬であって、タクシーじゃないんです。空間を跳ぶたびに、胃の中身がひっくり返るような気分になるんですよ……』

『お疲れ、蒼。……ま、うちの仁も大概だけどね』


 紅羽が同情するように翼で蒼の背中をポンと叩く。


『「行け紅羽! 風を見ろ!」って、いっつも無茶振りばっかり。あの子、私の背中をなんだと思ってるのかしら。最近重くなったし、ダイエットさせなきゃ』


 魂獣たちの「パートナーへの愚痴大会」が始まろうとしていた。

 そこへ、のっそりと緑色の亀、**橄欖ランカン**が歩み寄ってくる。


『カッカッカ。若いのう。使われるうちが華じゃよ』

『橄欖おじいちゃんはいいですよね、燈実さんは落ち着いてて』


 フィーナが言うと、橄欖は首を横に振った。


『いやいや、あの男も大概じゃぞ。ワシをハンマーに変形させて、岩だろうが鉄だろうがぶん殴るんじゃからな。おかげで最近、甲羅が肩凝りでバキバキじゃよ。……湿布が欲しいのう』


 老亀の切実な悩みに、場がしんみりする。

 そんな中、**テクノ**だけは、どこかソワソワと鼻をヒクつかせていた。


『ねえねえ、みんな! そんなことより、いい匂いがしない?』


 テクノが尻尾をブンブン振って、船室の方を指し示す。


『さっき厨房を覗いたんだけどね、この船のコック長、「トナカイの干し肉」を大量に積み込んでたんだ! あとね、鮭の燻製も! 勇三郎にお願いして、あとで少しもらおうよ!』


 相変わらずの食いしん坊ぶりに、紅羽が呆れたように笑う。


『あんたねぇ……。ご主人があんなに深刻な顔してるのに、能天気なもんね』

『む……。心配だよ、もちろん』


 テクノは少し耳を伏せ、勇三郎の方を見た。

 アルフォンスと話す勇三郎の横顔は、やはりどこか張り詰めている。


『勇三郎は、強がりだから。全部一人で背負い込もうとするんだ。……だからさ、僕たちが暗い顔してたら、勇三郎はもっと苦しくなっちゃうと思うんだ』


 テクノは再び顔を上げ、ニカっと笑った(ように見えた)。


『だから僕は、美味しいものを食べて、元気よく「大丈夫だよ!」って尻尾を振るんだ。それが、相棒の役目でしょ?』


 その言葉に、他の四体も顔を見合わせた。

 フィーナがクスッと笑う。


『……ふふっ。テクノさんには敵いませんわね。そうですわ、わたくしたちが主の心を支えなくてどうしますの』

『ま、そうね。美味しいもの食べなきゃ、いい仕事できないし!』

『ですね。……蓮にも、あとで人参の一本でも要求しますか』

『カッカッカ。酒のつまみがあれば、燈実の機嫌も良くなるじゃろうて』


 魂獣たちの雰囲気が、パッと明るくなる。

 彼らは示し合わせたように、それぞれのパートナーの方へ駆け寄った。


 ***


「……というわけで、航路の安全確保は頼んだぞ」

「はい、承知いたしました」


 アルフォンスとの話を終えた勇三郎が、ふと息をついた時だった。


「わふっ!」


 足元に銀色の毛玉が飛びついてきた。

 テクノだ。彼は勇三郎の足にスリスリと体を擦り付け、次いでセリナのドレスの裾にじゃれつき、仁の背中に飛び乗った。


「うおっ!? なんだよテクノ、急に元気だな!」

「あらあら、フィーナまで。どうしたの?」


 フィーナもセリナの肩に乗り、その頬をペロリと舐める。

 紅羽は仁の頭をつつき、蒼は蓮の袖を甘噛みし、橄欖は燈実の足元でゴロリと腹を見せた。


 その、あまりに無邪気で平和な光景に。

 張り詰めていた人間たちの表情が、思わず崩れた。


「ははっ、こいつらには敵わねぇな。俺たちが深刻ぶってるのが馬鹿らしくなっちまう」

「そうですね……。ふふ、くすぐったいよ、蒼」

「カッカッ。ほれ、行くぞ相棒ども。腹が減っては戦はできん」


 勇三郎もまた、足元のテクノを抱き上げ、その温かい頭を撫でた。

 手の震えが、少しだけ収まった気がした。


「……そうだな。腹ごしらえして、出発といこうか」

「うん! 干し肉! 干し肉!」


 言葉は通じなくても、心は通じる。

 獣たちの温もりが、凍てつく海へ向かう人間たちの心に、小さな灯火を灯したのだった。


 ボーーーッ!


 『スレイプニル』の汽笛が鳴り響く。

 いよいよ、出航の時だ。

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