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努力しない勇者志望、来年の種まで税に取らせない

徴税騒動・前編

 丘道の先で、砂埃が揺れていた。

 最初に気づいたのはリュシエルだった。

「人が揉めてる」

 黄金の瞳を細め、鼻先を風へ向ける。

「十人……もっとね。怒ってる。あと、馬が四頭」

「またか」

 ライネルが低く呻いた。

 先ほどまで彼は、

「今度こそ冒険者ギルドへ向かう」

 と宣言していた。

 アルも、

「はい」

 と素直に答えた。

 セリアも、

「寄り道は禁止です」

 と念を押した。

 リュシエルまで、

「早く街へ行きましょう。退屈したわ」

 と言っていた。

 完璧だった。

 少なくとも、丘を越えるまでは。

「……見に行こう」

 アルが言った。

「早い!」

 ライネルが即座に叫んだ。

「まだ何が起きているかも分からないだろ!」

「だから見に行くんだよ」

「その理屈で毎回予定が崩れる!」

 セリアはすでに手帳を開いていた。

「観察開始」

「セリア様!?」

「止めるより記録した方が早いと判断しました」

「常識人が一人減った!」

「兄さまを数日観察した結果です」

「適応しないでください!」

 そんな会話をしながら丘を下りると、騒ぎの正体が見えてきた。

 四頭立ての大きな荷馬車。

 荷台の横には、王国徴税局の紋章を入れた小旗。

 その馬車を、十数人の男たちが取り囲んでいる。

「返せ!」

「それは村のものだ!」

「種もみまで持っていく気か!」

 怒声が飛ぶ。

 何人かは鍬を持っていた。

 木の棒を握っている者もいる。

 荷馬車の上では、丸々と太った男が顔を真っ赤にして叫んでいた。

「下がれ! これは正当な徴税だ!」

 護衛らしい男が二人。

 だが抜剣はしていない。

 むしろ困り果てた顔をしている。

 ライネルの表情が変わった。

「まずいな」

「何が?」

「徴税吏の公務を武力で妨害すれば、事情次第では重罪になる」

 村人たちは怒っている。

 徴税側も引けない。

 一人でも手を出せば、一気に事件になる。

 リュシエルが肩を回した。

「じゃあ、わたしが止める?」

「どうやって」

「全員凍らせる」

「やめろ」

「半分だけ」

「量の問題ではない」

 その時、荷馬車の男がこちらに気づいた。

「旅人か! ちょうどいい! この反逆者どもを――」

「――うるさい」

 リュシエルが言った。

 空気が一瞬で冷えた。

 荷馬車の車輪に、白い霜が走る。

「ひっ」

 徴税吏の声が裏返った。

 ライネルが額を押さえた。

「凍らせるなと言っただろ」

「人は凍らせてないわ」

「車輪も駄目だ」

「細かい男ね」

「細かくなかったら、お前と旅はできん!」

「リュシエル」

 アルが呼ぶ。

「なに」

「今日は焼かないし、凍らせない」

「……分かったわよ」

 リュシエルが腕を組む。

 アルは村人たちの方へ歩き出した。

「あにさま」

 セリアが即座に呼び止める。

「前へ出るなら、ライネルより後ろを歩いてください」

「それだと前じゃないよ」

「そう言っています」

 ライネルが無言でアルの前へ出た。

「俺より前へ出るな」

「分かった」

「本当に?」

「たぶん」

「信用できん」

     ◇

「こんばんは」

 アルは村人たちへ頭を下げた。

 完全に場違いな挨拶だった。

 怒鳴り合っていた人間たちが、一瞬だけ静まる。

 先頭にいた痩せた男が、アルを睨んだ。

 頬はこけている。

 服も泥に汚れていた。

 だが、その目には盗賊のような濁りはない。

 追い詰められた人間の目だった。

「……何だ、お前」

「通りがかりです」

「通りがかりは帰れ」

「そうしたいんだけど」

 アルは荷馬車を見る。

「種もみって聞こえたから」

 男の表情が変わった。

「俺たちは盗もうとしてるんじゃない」

「うん」

「取り返そうとしてるんだ」

「何を?」

「俺たちの物をだ!」

 男が荷台を指した。

 帆布の隙間から見える。

 大きな種袋。

 干し肉の束。

 木箱。

 布包み。

 鍋。

 毛皮。

 酒樽。

 金銀財宝ではない。

 暮らしの道具ばかりだった。

 徴税吏が叫ぶ。

「騙されるな! 未納税の追徴だ! 全て徴税台帳に記載されている!」

 セリアが初めて男を見た。

「特別徴収なのですか?」

「そ、そうだ!」

「命令書を」

「何?」

「特別徴収命令書です」

 セリアは淡々と続ける。

「文書番号」

「発行部署」

「決裁者」

「発行日」

「対象村落名」

「それらを確認します」

「な、なぜ貴様のような子どもに――」

 セリアは腰の革袋へ手を入れた。

 取り出したのは、黒い封蝋のついた証書。

 レーヴェルト家の紋章。

 徴税吏の顔色が変わった。

「レーヴェルト……」

「セリア・レーヴェルトです」

 少女は静かに名乗った。

「父グラウヴァルトより、領内巡察の許可を受けています」

 アルが感心する。

「セリア、ちゃんと使ってる」

「兄さまと違って、渡された書類には目を通しますので」

「僕も読むよ」

「古書ばかりでしょう」

「面白いから」

「今は黙っていてください」

「はい」

 セリアは徴税吏へ戻る。

「徴税執行に重大な瑕疵が疑われる場合、事実確認が終わるまで現場執行の一時停止を求めます」

 ライネルも一歩前へ出た。

「俺はレーヴェルト家武官、ライネル・ヴォルフ。ここは辺境領内だ」

 徴税吏を見る。

「正式な税額を俺たちが決めることはできない。だが、徴収対象に明らかな問題があるなら、そのまま持っていかせることもできん」

「し、しかし私は台帳通りに――」

「命令書は?」

 セリアがもう一度尋ねた。

「……」

「お持ちではない?」

「徴税台帳に記載がある!」

「台帳ではありません」

 セリアの声が冷えた。

「その台帳に基づいて、今日ここで特別徴収を執行する根拠となる文書です」

「そ、それは支局に……」

「では、現地で確認したものは?」

「何をだ」

「災害状況」

「収穫量」

「備蓄」

「免税または軽減措置の有無」

「……いちいち確認していたら仕事にならん!」

 言ってから、徴税吏はしまったという顔をした。

 セリアの目から、わずかに温度が消えた。

「いちいち?」

 ライネルが小さく息を吐く。

 アルが後ろから囁いた。

「怒った?」

「怒っていません」

「怒ってるね」

「兄さま」

「黙ります」

 セリアは徴税吏を真っ直ぐ見た。

「その“いちいち”を省いた結果、何が積まれているか確認しましょう」

     ◇

 まず、村人側の話を聞いた。

 痩せた男が代表して話す。

「去年、大水が出た」

 家が流れた。

 倉も流れた。

 畑には泥が入った。

 収穫は大きく落ちた。

「それで税を軽くしてもらったんだ。三年間」

「全額免除ですか?」

 セリアが尋ねる。

「いや。軽減だ。取れた分から払えばいいって」

「証文は?」

「村長が持ってる」

「村印は?」

「三ツ柏だ」

「発行時期は?」

「去年の黒月」

 セリアのペンが走る。

《災害軽減証文》

《黒月発行》

《期間三年》

《村印・三ツ柏》

《原本は村長保管》

「それなのに?」

 アルが聞く。

 男は荷台を見る。

「今日、この役人が来た」

「未納があるから、今すぐ払えって」

「金がないなら現物でいいって」

 声が低くなる。

「最初は毛皮だった」

「次に干し肉」

「その次は家の道具」

「最後に種もみまで積みやがった」

 後ろの村人が叫ぶ。

「春に撒く分だ!」

「それを取られたら、来年何を食えってんだ!」

 ライネルの目つきが鋭くなる。

「種もみだと説明したのか?」

「ああ!」

「徴税吏」

 ライネルが男を見る。

「聞いていたのか」

「し、しかし台帳上では未納額に達しておらず――」

「質問に答えろ」

「……聞いた」

「なら、なぜ積んだ」

「他に徴収できる資産が――」

「それで来年の生産手段を奪うのか?」

 ライネルの声音が変わった。

「今年の税を取り立てるために、来年の税源を潰してどうする」

 徴税吏は黙った。

 アルがぽつりと言う。

「来年の税が欲しいなら、今年の種まで取っちゃ駄目だよね」

 誰も笑わなかった。

 当たり前すぎる話だった。

 なのに、その当たり前が荷馬車の上から消えかけていた。

     ◇

「一回、全部降ろそう」

 アルが言った。

「全部?」

 村人が聞き返す。

「うん」

 アルは荷台を見る。

「いろんな物を一緒に積んだから、分からなくなってる」

「納めても大丈夫な物」

「取ったら暮らせなくなる物」

「まだ確認が必要な物」

「三つに分けよう」

 セリアが頷く。

「暫定現地査定にします」

「また名前が難しくなった」

「兄さまの言い方では記録に残せません」

「じゃあ任せる」

「兄さま?」

「手伝います」

 即座に言い直す。

 ライネルは旅人たちを見回した。

「第三者を一人入れたい。読み書きのできる者はいないか?」

 少し離れたところで騒ぎを見ていた一団から、年配の行商人が手を挙げた。

「わしなら読める。商売をしてるから、品物の値も多少は分かる」

「お願いできますか」

「構わんよ」

 セリアが地面に三つの場所を作った。

 白石。

 黒石。

 白と黒。

「白は、現時点で徴収可能と判断した物」

「黒は、返還すべき物」

「白黒は、追加確認が必要な物」

 村人の一人が首をかしげる。

「石で税を決めるのか?」

「いいえ」

 セリアは即答した。

「石は決定ではありません。判断を見えるようにするだけです」

 アルが白石を持ち上げる。

「あとから誰かに“そんな話はしてない”って言われないようにね」

「理由は私が記録します」

「セリアはすごいな」

「今は褒めても仕事は減りません」

「ばれた」

「最初から分かっています」

 リュシエルは徴税吏の横に立った。

「あなたはここ」

「な、なぜ私は竜の隣に……」

「逃げないように」

「逃げん!」

「なら問題ないでしょう?」

「リュシエル」

 ライネルが低く言う。

「脅すな」

「立ってるだけよ」

「お前の場合、それが脅しになる」

     ◇

「種袋」

 最初に降ろされた。

 セリアが読み上げる。

 痩せた男が答える。

「春撒き用だ」

 ライネルが口紐を開き、中を確認する。

「食用として加工されていない。量も村の耕地面積を考えれば播種用として妥当だ」

 年配の行商人も頷いた。

「売り物なら、こんな保管の仕方はせんな」

 黒石。

 セリアが記録する。

《種もみ――生産維持物資。返還》

 袋が村人へ戻された。

 男が、それを両腕で抱えた。

 何も言わなかった。

 ただ、抱え方だけで分かった。

 これは穀物ではない。

 春だった。

「次。木箱」

 若い女性が、おずおずと前へ出る。

「私の……嫁入り道具です」

 箱の中には布。

 衣類。

 針道具。

 小さな銀貨袋。

「冬が終わったら、式を挙げる予定で……」

 セリアが中身を見る。

「生活財産および婚礼財産」

 ライネルも確認する。

「徴税対象へ入れるには不適切だな」

 黒石。

《返還》

 女性が箱を受け取る。

 後ろにいた年配の女が、顔を覆った。

「子どもの服」

 黒。

「鍋」

 黒。

 リュシエルが鍋を覗き込む。

「こんな古い物まで取る価値があるの?」

「売る価値は低くても」

 アルが言う。

「毎日使う価値は高いよ」

 リュシエルが少し考える。

「人間の価値って面倒ね」

「そういうものだ」

 ライネルが答えた。

「次。干し肉」

 これは少し揉めた。

「冬の備えだ!」

 という村人。

「量が多すぎる」

 という徴税吏。

 行商人が村の人数を聞く。

 ライネルが保存量を見る。

 セリアが前年の被災状況を確認する。

 最終的に、

「最低限の冬越し分を返還。それを超える分については正式査定まで保留」

 となった。

 白黒。

《一部返還・一部保留》

「毛皮」

「去年獲った余りだ」

 これは白。

《徴収対象候補》

「酒樽」

 村人たちが微妙な顔をした。

 痩せた男が咳払いする。

「……婚礼用だ」

 アルが訊く。

「何本?」

「三本」

「全部飲む?」

「村中で」

「じゃあ飲むね」

「兄さま」

 セリアが半眼になる。

「兄さまが酒量で税区分を決めないでください」

「そうだった」

 行商人が笑った。

「一本分くらいなら余剰と見てもいいだろう。残り二本は婚礼用ということで証言する」

 白一。

 黒二。

「一本納付候補。二本返還」

 セリアが記録する。

 少しずつ。

 荷台が軽くなっていく。

 同時に、村人たちの顔から殺気が消えていった。

     ◇

 全ての品目を確認し終える頃には、日が傾き始めていた。

 セリアは記録を読み上げた。

「本日の徴税執行を一時停止します」

「正式な税額については、村に保管されている災害軽減証文、および徴税局側の名寄せ帳を照合した上で再査定」

「それまで、生産維持物資、生活必需品、婚礼財産は返還」

「余剰資産については現状維持、または保留」

 徴税吏が力なく言った。

「……私は、どうなる」

 セリアが見る。

「徴税局へ戻っていただきます」

「処分は」

「私が決めることではありません」

 徴税吏が少しだけ顔を上げた。

「ただし」

 セリアは手帳を見る。

「命令書不携帯」

「災害軽減証文未確認」

「現地状況未確認」

「生産維持物資の分類不足」

「これらは報告します」

「……」

「不正の有無については、その後です」

 徴税吏は唇を噛んだ。

「私は賄賂など受け取っていない」

「それも確認します」

「私は、台帳に従っただけだ」

 セリアは少しだけ黙った。

「その言葉も記録しておきます」

 それ以上は言わなかった。

 まだ、分からないからだ。

 本当に悪意があるのか。

 ただ仕事が雑だったのか。

 あるいは、その両方なのか。

 判断するには証拠が足りない。

 アルはそんな妹を見て、少し笑った。

「セリア、偉いね」

「何がです?」

「決めつけなかった」

 セリアは兄を見る。

「証拠がないものを決めつけるのは、監査ではありません」

「そういうところ」

「褒めても何も出ません」

「お茶くらい?」

「兄さまが淹れるのです」

     ◇

 返還された荷物を受け取りながら、痩せた男がアルへ頭を下げた。

「助かった」

「よかった」

「もう少し遅かったら」

 男は自分の拳を見る。

「役人を殴ってた」

 ライネルが険しい顔になる。

「そうなれば、お前たちの方が罪に問われていた」

「分かってる」

「分かっていても?」

「種まで取られたら、来年はない」

 男は静かに言った。

「来年がないなら、今日捕まっても同じだと思った」

 アルは少し黙った。

 そして言った。

「じゃあ、次は書類で殴れるようになろう」

「……書類?」

「物理的には殴らないよ」

「分かってる」

「証文を確認する」

「控えを残す」

「立会人を頼む」

「取られた物を書いておく」

 アルは指を折った。

「そうすれば、“言った・言わない”だけにはならないから」

 男は苦笑した。

「俺たちにできるか?」

「字が読める人は?」

 二人が手を上げた。

「荷物の値段が分かる人は?」

 一人。

「道に詳しい人」

 全員が手を挙げた。

 アルが笑う。

「かなりできそう」

 ライネルがため息をつく。

「また人を見ただけで役割を作り始めた」

「便利じゃない?」

「本人の同意を先に取れ」

「はい」

 リュシエルが言う。

「取り返し屋にすれば?」

「取り返し屋?」

「取られすぎた物を取り返すのでしょう」

 痩せた男が吹き出した。

「いいな、それ」

「採用するな」

 ライネルが言った。

「名前だけで仕事を始めるな」

 セリアはすでに手帳へ書いていた。

《仮称・取り返し屋》

《返還請求補助》

《証文確認》

《第三者立会》

《武力行使禁止》

「セリア様まで!」

「兄さまがまた思いつく前に、危険な部分だけ先に塞いでいます」

「優秀すぎる……」

「褒め言葉として受け取ります」

     ◇

 荷台の整理が終わりかけた、その時だった。

 アルが一つの種袋を持ち上げた。

「……あれ?」

 ライネルの顔が曇る。

「何だ」

「この袋」

 地面へ置く。

 三枚の柏葉を組み合わせた印が押されていた。

 三ツ柏。

「村の印だ」

 痩せた男が言う。

 アルはもう一つの袋を持ってきた。

 こちらにも柏葉。

 だが、二枚しかない。

「これは?」

「……知らねえな」

「同じ村の種だよね?」

「ああ」

 アルは三つ目を持ってくる。

 今度は、何の印もない。

 三つ並べる。

 三ツ柏。

 二ツ柏。

 無印。

 セリアもしゃがんだ。

「三ツ柏が正式な村印なのですね?」

「ああ」

「二ツ柏は?」

「分からん」

「無印は?」

「家で種を入れるのにも使う普通の袋だ」

 セリアの表情が変わった。

「つまり」

 三つの袋を見る。

「同じ村から徴収された種もみなのに、管理印が統一されていません」

 ライネルが言う。

「袋を使い回しただけじゃないのか?」

「その可能性もあります」

 セリアは即答した。

「現時点では、何の証拠にもなりません」

「でも」

 アルが二ツ柏の印を指でなぞった。

「なんか変だよね」

 ライネルは嫌そうにアルを見る。

 眠そうだった目が、もう眠そうではない。

 獲物を見つけた猫の目になっていた。

「……お前、その顔をやめろ」

「どの顔?」

「面白いものを見つけた顔だ」

「セリア」

 アルは妹を見る。

「これ、村で確認できる?」

「現在の村印」

「過去の印」

「災害軽減証文」

「名寄せ帳」

「徴税通知の控え」

 セリアが数える。

「それだけあれば、ある程度は」

「じゃあ――」

「あにさま」

「何?」

「街へ向かう予定は?」

 アルが黙った。

 ライネルが地図を広げる。

「今日こそ街へ行くはずだった」

 リュシエルが肩をすくめた。

「どうせ行くのでしょう」

「……村まで見るだけ」

 三人が同時に答えた。

「「「嘘」」」

「信用ないなあ」

「実績です」

 セリアがきっぱり言った。

 痩せた男は、そんな四人を見て、ようやく少し笑った。

「村なら案内する」

 そして返ってきた種袋を担ぐ。

「その印のことなら、村長が何か知ってるかもしれない」

「お願いします」

 アルは二ツ柏の袋を見た。

 三ツ柏。

 二ツ柏。

 無印。

 ただ袋が違うだけかもしれない。

 古い物を使い回しただけかもしれない。

 何の意味もない可能性だってある。

 だが――。

 アルは、こういう小さな食い違いが嫌いだった。

 人が嘘をついている時より。

 仕組みの中で、数字や名前が少しだけずれている時の方が。

 後になって大きな問題になることを、何度も見てきたからだ。

「行こう」

 夕暮れの道を、村へ向かって歩き始める。

 その時はまだ誰も知らなかった。

 種もみを取り返しただけでは、

 この問題は何一つ終わっていなかった。

 徴税吏の馬車で見つかった三種類の袋。

 その小さな違和感の先には――

 村そのものが、帳簿の中で三つに分けられているという、もっと面倒な問題が待っていた。

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