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努力しない勇者志望、痩せた土地を放牧地に替える

 朝になっても、竜はいた。

 ライネルは目を覚ました瞬間、まずそれを確認した。

 焚き火の向こう側。

 黒髪と黄金の瞳を持つ女が、膝を抱えて座っている。

 リュシエル。

 古き谷の守護竜。

 昨日までは山脈の上を飛んでいた災害級の存在で、今日はなぜか旅の仲間である。

 ライネルは、寝起きの頭を押さえた。

「……夢ではなかったか」

「夢なら、もう少し扱いをよくしなさい」

 リュシエルが不機嫌そうに言った。

 彼女の前には、焼け焦げた魚が一匹転がっている。

 自分で炙ったらしい。

 正確には、炙ったというより、竜の火で表面を炭にしたものだった。

「……食えるのか、それ」

「魚は火を通せば食べられるのでしょう」

「限度がある」

「人間は面倒ね」

 リュシエルは焦げた魚をつまみ上げ、じっと見つめた。

 その顔は、明らかに納得していない。

 ライネルはため息をつき、荷袋から干し肉と薄焼きパンを出した。

「ほら。こっちを食え」

「施し?」

「朝食だ」

「……悪くない」

 リュシエルは受け取り、警戒しながら一口かじった。

 すぐに眉が少しだけ上がる。

「これ、昨日の草を煮た飲み物よりは腹にたまるわね」

「お茶を食事基準にするな」

 その横で、アルはまだ寝ていた。

 丸めたマントを枕にし、古書を胸に抱え、気持ちよさそうに寝息を立てている。

 ライネルは無言で近づき、しゃがみ込んだ。

「アル」

「むにゃ……勇者は朝日とともに二度寝する……」

「するな」

 ライネルはアルの額を指で弾いた。

「いたっ」

 アルはようやく目を開け、ぼんやりと空を見上げた。

「あれ、朝?」

「朝だ。旅人は朝に歩く」

「勇者は?」

「勇者も歩く」

「本には、勇者はまず眠るべしって」

「その本を世界の基準にするな」

 アルは上体を起こし、寝癖を手で押さえた。

 だが、押さえた場所とは別の髪が跳ねた。

 リュシエルはそれを見て、少しだけ笑った。

「寝癖まで怠け者なのね」

「これは個性だよ」

「個性という言葉で乱れを正当化するな」

 ライネルが即座に言った。

 アルは大きく伸びをしてから、辺りを見回した。

「あれ、朝ごはんは?」

「お前の分はある」

「ありがとう、ライネル。やっぱり頼りになるね」

「そうやって褒めれば何でも出てくると思うな」

 そう言いながら、ライネルは薄焼きパンを渡した。

 アルは笑って受け取る。

「出てきた」

「黙って食え」

 リュシエルがそのやり取りをじっと見ていた。

「ライネル」

「なんだ」

「あなた、世話係なの?」

「違う」

「では保護者?」

「違う」

「飼育係?」

「違う!」

 アルがパンをかじりながら言った。

「ライネルは胃が強い人」

「強くない。むしろお前のせいで削られている」

「じゃあ胃を鍛えてる人」

「鍛えたくて鍛えているわけではない」

 リュシエルは少し考え、納得したように頷いた。

「つまり、苦労人ね」

「竜に同情される日が来るとは思わなかった」

 朝食を終えると、ライネルは地図を広げた。

 城を出る前に受け取った、辺境街道の簡易地図である。

「まずは東の街道に出る。二日歩けば、冒険者ギルドのある町に着く。そこで登録を――」

「待って」

 リュシエルがふいに顔を上げた。

 黄金の瞳が、南の丘へ向く。

「土の匂いが変」

「土?」

「枯れてる。草はあるけど、畑の匂いじゃない。腹を空かせた土の匂い」

 アルの目が、一気に光った。

「じゃあ、寄り道だね」

「おい」

 ライネルは地図を持ったまま固まった。

「今、目的地の話をしていた」

「目的地に行く途中で困ってる場所があるなら、そこも目的地でしょ」

「こういう理屈だけは速いな」

「それに、土が腹を空かせてるって、ちょっと気になる」

 リュシエルは顎を上げた。

「案内するわ」

「待て。竜の嗅覚で寄り道先を決めるな」

「人間の地図より正確よ」

「否定しにくいことを言うな」

 こうして、三人は南の丘へ向かうことになった。

 予定は、旅立ち二日目にして崩れた。

 ライネルは地図を畳みながら、ぼそりと呟いた。

「……父君。三日で戻す予定、もう無理そうです」

     ◇

 丘を越えると、景色の色が変わった。

 畑は白っぽく乾き、風が吹くたびに細かな粉が舞う。

 土はひび割れ、鍬の跡だけが虚しく残っていた。

 村の入口には、壊れかけた木柵。

 井戸の周りには、村人たちが集まっている。

 誰もが疲れた顔をしていた。

 痩せた腕。

 泥のついた服。

 まだ夏の名残があるのに、空気は冬のように重い。

「……良くないな」

 ライネルはしゃがみ、土を指でつまんだ。

 乾いている。

 崩れる。

 握っても、すぐに粉になる。

「腐植が足りない。水だけの問題じゃない。これを畑として戻すなら、数年単位だ」

 村長らしき老人が、三人に気づいて近づいてきた。

「旅の方かね」

「はい。通りがかりです」

 アルは丁寧に頭を下げた。

「畑、ずいぶん苦しそうですね」

 村長は一瞬だけ目を伏せた。

「昔は麦が取れた。豆も取れた。だが、ここ数年で土が痩せた。耕しても耕しても、芽が弱い。雨が降っても流れるだけ。残るのは石と粉ばかりだ」

 若い男が吐き捨てるように言った。

「もう終わりだよ。この村は」

 その声に、周囲の村人たちも沈黙した。

 アルは畑を見た。

 白い土。

 乾いた畝。

 けれど、その向こう。

 丘の斜面には、細い草が広がっていた。

 背は低い。

 だが、根は強そうだった。

 風に倒れても、すぐ起き上がる種類の草だ。

 アルはしばらく眺め、それからにこっと笑った。

「ここ、すごくいい牧草地になりますね」

 村人たちの顔が一斉に固まった。

 ライネルも固まった。

「……何?」

「牧草地」

「畑が死にかけているという話をしている」

「だから、畑を休ませよう」

 アルはしゃがみ、土を手に取った。

「この土、今すぐ麦を育てるのはきついです。でも草なら育つ。草が育つなら、ヤギが食べる。羊も食べる。牛は少し後かな。家畜が食べて、糞を落とす。糞が土を太らせる。三年後には畑も戻る」

 村人たちはぽかんとしていた。

「畑を……やめるのか?」

「一度、休ませるんです」

「だが、畑をやめたら食うものがない」

「だからヤギです」

 アルは指を一本立てた。

「ヤギは強い草でも食べます。乳が出ます。乳は飲めます。余ればチーズにできます。チーズは保存できます。保存できる食べ物は、冬を越す力になります」

 ライネルは腕を組んだ。

「理屈は通る。だが、問題は初期投資だ。家畜、柵、搾乳道具、保存容器。すぐには用意できない」

「うん」

 アルは古書を抱え直した。

「そこは、たぶん例のカバンの出番かな」

「例の?」

 ライネルの顔が嫌そうになった。

「まさか、まだ何か持っているのか」

「古書の付録」

「嫌な単語が二つ並んだな」

 アルは荷物の中から、黒革の小さなカバンを取り出した。

 見た目は普通の鞄である。

 ただし、妙に光沢があり、金の刺繍で文字が縫い付けられていた。

《整理整頓不要バッグ》

《取り出しには睡眠を要す》

 ライネルは額を押さえた。

「その時点で、まともな道具ではない」

「でも便利そうだよ」

「便利なものほど、後で請求書が来る」

 アルはカバンを開けた。

「ええと、旅支度用に入れておいた道具が……」

 ごとり。

 まず、木杭が出てきた。

 次に縄。

 さらに巻尺。

 塩の塊。

 搾乳用の桶。

 布。

 小さな鍋。

 そして、なぜか古い鈴が三つ。

 村人たちが目を丸くした。

「ど、どこから出した?」

「カバンからです」

「いや、入る量じゃないだろう」

「努力しないで整理できる仕様です」

「説明になってない」

 ライネルはそう言いながらも、道具を確認し始めた。

 質は悪くない。

 むしろ、必要なものが妙に揃っている。

「……問題は家畜だ。カバンからヤギは出ないだろうな」

「出たら怖いですね」

「出ないと言い切れないのが怖い」

 その時、リュシエルが村の外を見た。

「西の斜面に、ヤギの匂いがする」

 村長が顔を上げた。

「ああ、隣村の放牧地だ。だが、借りる金など――」

「借りるんじゃなくて、契約しましょう」

 アルは言った。

「最初は五頭。乳の一部を返す。子が生まれたら一頭返す。こちらは草地を提供する。向こうはヤギを貸す。お互い得です」

 村長は困惑した顔でアルを見た。

「そんな交渉、うまくいくのか」

「やってみましょう」

「誰が」

「ライネルが」

「俺か」

 ライネルは即座に振り向いた。

「お前が言い出したんだろう」

「僕が行くと、話がふわっとするから」

「自覚があるなら直せ」

「ライネルは誠実そうだから、交渉に向いてる」

「褒めても行かんぞ」

「じゃあ、リュシエル」

「わたしが行けば、たぶん相手はすぐ頷くわ」

「脅迫になるからやめろ」

 結局、ライネルが行くことになった。

     ◇

 夕方には、ヤギが五頭来た。

 鈴を鳴らしながら、丘の斜面を器用に歩いてくる。

 隣村との契約は、ライネルの説明と、リュシエルが遠くで翼を広げたことによって、非常に円滑にまとまった。

「やっぱり少し脅迫になった気がする」

 ライネルが疲れた顔で言った。

「でも、契約書はちゃんと交わしましたわ」

 いつの間にか村の娘が、板に炭で契約内容を書き写していた。

 字は少し歪んでいるが、読める。

 アルはそれを見て頷いた。

「いいですね。見えるところに貼りましょう」

「貼る?」

「はい。口約束は疲れます。書いて見える場所に置くと、みんな少し楽になります」

 村の広場に、古い板が立てられた。

 そこに契約内容が書かれる。

 一、ヤギ五頭を隣村より借り受ける。

 二、乳の一部を返礼とする。

 三、子が生まれた場合、一頭を隣村へ返す。

 四、草地の管理は村全体で行う。

 ライネルはそれを見て、少しだけ感心した。

「最初から揉めないための仕組みか」

「うん。人は忘れますからね」

「お前もな」

「だから書くんです」

 アルは笑った。

 それから、畑の端に立ち、地面に棒で線を引いた。

「この斜面を四つに分けましょう。A、B、C、D」

「なぜ四つ?」

「一気に食べ尽くすと草が死にます。だから順番に食べてもらって、残りは休ませる。Aを食べたらBへ。Bを食べたらCへ。そうやって回します」

 若い男が首をひねった。

「草にも休みがいるのか」

「人にも土にも草にも、休みは必要です」

「お前が言うと説得力があるのかないのか分からんな」

 ライネルが言った。

 アルは気にせず続ける。

「毎朝、草の高さを測ってください。指四本分より低くなったら移動。雨の日は無理に動かさない。夜は柵の中。水場はこっち」

 村人たちは、最初こそ戸惑っていた。

 だが、作業は始まると早かった。

 木杭を打つ者。

 縄を張る者。

 桶を洗う者。

 搾乳用の布を縫う者。

 子どもたちは、ヤギの鈴を追いかけて走り回る。

 リュシエルは丘の上からそれを眺めていた。

「不思議ね」

「何が?」

 アルが隣に立つ。

「人間は、すぐ諦めるくせに、やることが見えると急に動き出す」

「何をしていいか分からない時が、一番疲れるからね」

「……そういうもの?」

「たぶん」

 アルは村人たちを見た。

「頑張れって言われるより、これをここに運んでって言われた方が楽でしょ」

 リュシエルは少し考えた。

「竜には分からない感覚ね」

「リュシエルはずっと一人で何でもできたから」

「……できたわけじゃない。やるしかなかっただけ」

 その声は、ほんの少しだけ低かった。

 アルは彼女を見上げる。

「じゃあ、これからは少し任せる練習をしよう」

「誰に」

「僕たちに」

「お前は寝るでしょう」

「寝るけど、考えるよ」

「信用しにくいわね」

「そこはこれから」

 リュシエルは鼻を鳴らした。

 だが、怒ってはいなかった。

     ◇

 三日目。

 最初の乳が搾られた。

 桶の底に、白い液体がたまる。

 村人たちはそれを見て、ほとんど奇跡でも見るような顔をした。

「……出た」

「本当に出た」

「草から、乳が……」

「正確にはヤギからです」

 ライネルが訂正した。

 アルは桶を覗き込み、嬉しそうに笑った。

「今日飲めるものができた。これは大きいです」

 村の娘が、布で乳をこした。

 鍋で温める。

 少し酸味をつけ、柔らかい塊を布で包む。

 フレッシュチーズ。

 まだ形は不格好だ。

 塩も足りない。

 だが、村長が恐る恐る一口食べた瞬間、目を見開いた。

「……うまい」

 その一言で、空気が変わった。

 子どもたちが群がり、大人たちが笑い、誰かが泣いた。

 リュシエルは腕を組んでいたが、明らかに気になっている。

 アルが小さな一切れを差し出した。

「食べる?」

「毒ではないでしょうね」

「僕はさっき食べたよ」

「なら、まあ」

 リュシエルは口に入れた。

 しばらく黙る。

「……悪くない」

「悪くない、いただきました」

「うるさい」

「今日のリュシエルは、味の分かる竜だね」

「当たり前よ」

 耳が少し赤い。

 ライネルは見なかったことにした。

 その日の夕方、村の広場に新しい板が立った。

《牧草地管理表》

 A区画 使用中

 B区画 休み

 C区画 休み

 D区画 休み

 ヤギ五頭

 朝の草丈 指四本

 乳量 小桶一杯

 アルは満足そうに頷いた。

「いいですね。数字が見えると、昨日より進んだのが分かります」

「数字が読めない者もいるが」

 村長が言う。

「なら、石を使いましょう」

 アルは白い石を一つ置いた。

「今日はうまくいった日。白石」

 次に、黒い石を置いた。

「問題があった日は黒石。理由も横に書く。字が書ける人がいなければ絵でもいいです」

「そんな簡単でいいのか?」

「簡単な方が続きます」

 ライネルはぼそりと言った。

「……また仕組みを増やしたな」

「努力を増やさないためです」

「その言葉だけ聞くと最低なのに、やっていることはまともなんだよな」

「褒めてる?」

「半分だけな」

 アルは嬉しそうに笑った。

     ◇

 一週間後。

 村の空気は変わっていた。

 畑はまだ痩せている。

 麦はまだ実らない。

 だが、ヤギの鈴が鳴っている。

 桶には乳があり、布にはチーズが包まれている。

 子どもたちは草丈を測り、若者たちは柵を直し、老人たちは日当たりのよい場所で道具の手入れをしていた。

 すべてが解決したわけではない。

 けれど、明日することがある。

 それだけで、人の顔は変わる。

 村長はアルの前で深々と頭を下げた。

「勇者様。本当に、ありがとう」

「僕は勇者志望です」

「いや、わしらにとっては勇者様だ」

「うーん」

 アルは少し困った顔をした。

「じゃあ、まだ仮で」

「仮の勇者様か」

「はい」

 村長は笑った。

「では、仮の勇者様。この村に名前を残させてくれ」

「名前?」

 村人の一人が、木の看板を持ってきた。

 そこには大きく書かれていた。

《アル牧場》

 アルは目を丸くした。

「え、僕の名前?」

「最初に言い出したのは、あんただからな」

「でも、動いたのはみんなですよ」

「だから、忘れないためだ」

 村長は看板を撫でた。

「畑が駄目なら終わりだと思っていた。だが、違う見方があった。それを忘れないための名前だ」

 アルはしばらく黙っていた。

 そして、少しだけ照れたように笑った。

「じゃあ、小さくでお願いします」

「大きく書いた」

「もう書いてる」

 ライネルが言った。

 リュシエルは看板を見て、満足げに頷く。

「当然ね。アルの一言で、草が食べ物になったんだから」

「正確にはヤギが食べ物に変えた」

「細かいわね、ライネル」

「細かくない。重要だ」

 その夜。

 村人たちは、ささやかな宴を開いた。

 焼いた薄パン。

 温めた乳。

 塩を振ったフレッシュチーズ。

 豪華ではない。

 だが、村人たちはよく笑った。

 アルは焚き火のそばで、うとうとしていた。

 リュシエルが隣に座る。

「ねえ」

「うん?」

「褒めなさい」

「今日も?」

「毎日と言った」

「そうだったね」

 アルは眠そうな目で、リュシエルを見た。

「今日のリュシエルは、村の子どもたちを怖がらせないように、ずっと人の姿でいてくれた」

「……別に」

「あと、ヤギが逃げそうになった時、風で戻してくれた」

「たまたまよ」

「優しい竜だね」

 リュシエルは固まった。

 焚き火の光が、黄金の瞳を揺らす。

「……そういう言い方は、ずるい」

「本当のことだよ」

「なお悪いわ」

 ライネルは少し離れたところで、村長と今後の道順を確認していた。

 ふと振り返ると、アルの胸元で古書が開いていた。

 また、余白に文字が滲んでいる。

《土地は休ませよ。人もまた同じ》

 ライネルは眉をひそめた。

 昨日とは違う文字。

 この古書は、状況に応じて言葉を出している。

 危険な本か。

 それとも、本当に導きなのか。

 まだ分からない。

 ただ一つ確かなのは、アルがそのことにまったく気づいていないということだった。

「……面倒なものを抱えているな、お前は」

 ライネルは小さく呟いた。

     ◇

 翌朝。

 三人は村を出ることになった。

 村人たちが見送りに集まる。

 村長が袋を差し出した。

「たいしたものではないが、持っていってくれ」

 中には、薄焼きパンと、布に包んだチーズ。

「ありがとうございます」

 アルは丁寧に受け取った。

「でも、無理はしないでくださいね」

「無理ではない。これは余りだ」

「余りが出たなら、すごいです」

 その一言に、村長は目を細めた。

 旅立ち際、若い男が声をかけた。

「勇者様!」

「仮です!」

「仮の勇者様! 街道沿いに盗賊が出るって噂があります。夕方、森のあたりで荷馬車を狙うらしい。気をつけてください」

「へえ」

 アルの目が光った。

 ライネルの胃が、即座に痛んだ。

「アル」

「うん?」

「今、面白そうな顔をしたな」

「してないよ」

「していた」

「盗賊って、どういう人たちかなって」

「会いに行くな」

「でも、夕方に出るんだよね」

「行くな」

「森のあたりだよね」

「行くなと言っている」

 リュシエルが楽しそうに笑った。

「盗賊? 焼けばいいの?」

「焼くな」

 アルはにこにこしながら、街道の先を見た。

「焼かないよ。まずは話を聞こう」

「盗賊相手に話から入るな」

「剣を抜く前に口を開けって、古書にも」

「その本を閉じろ!」

 三人は歩き出した。

 背後では、ヤギの鈴が鳴っている。

 痩せた畑は、まだ痩せたままだ。

 けれど、そこにはもう終わりの匂いはなかった。

 草が育ち、ヤギが食べ、乳が出る。

 人はそれを記録し、少しずつ明日を作る。

 努力は最小限。

 けれど、仕組みと人と、少しの発想で、村は今日から生き方を変えた。

 アルは空を見上げ、大きな欠伸をした。

「やっぱり、寝ながら考えたのがよかったな」

「寝てただけで牧場を作るな」

 ライネルの声が街道に響く。

 リュシエルは笑い、アルはまた眠そうに目を細めた。

 次の目的地は、冒険者ギルド。

 の、はずだった。

 だがその前に、どうやら盗賊が待っている。

 ライネルは空を仰いだ。

「……父君。三日で戻すどころか、三日目には盗賊と交渉しそうです」

 返事の代わりに、風が吹いた。

 その風は、どこか楽しそうだった。



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