EP 9
苺ミルク飴と、専守防衛の「番犬」
キャルルは、訝しげにそのピンク色の小さな包みを開けた。
中から出てきたのは、ビー玉のように丸く、赤と白がマーブル状に混ざり合った可愛らしい玉だった。
恐る恐る、それを口に含む。
「…………ぁっ」
瞬間、キャルルのウサギの耳が、ピンッ!と限界まで直立した。
(な、何これぇっ……!?)
マントルシア大陸にも「ハニーかぼちゃ」のような甘い農作物は存在する。だが、これは次元が違った。
地球の食品メーカーが、科学の力と情熱を注ぎ込んで作り上げた「極限まで洗練された甘味」。ミルクの濃厚なコクと、苺の鮮烈な甘酸っぱさが、体温で滑らかに溶け出し、脳髄を直接マッサージしてくるような快感となって口いっぱいに広がる。
甘党のキャルルにとって、それは致死量の幸福だった。
ポッケに入っているいつもの飴玉が、ただの甘い石っころに思えるほどの衝撃。
「……ど、どう? 娘の好物なんじゃが、口に合ったか?」
坂上がニヤリと笑う。
「……ふ、ふんっ。まあ、悪くないわね。ちょっと甘すぎる気もするけど、特別に貰ってあげる」
キャルルは必死にポーカーフェイスを装いながらも、口の中でコロコロと飴を転がすのをやめられない。銀色の尻尾がパタパタと小刻みに揺れているのを、リバロンは生温かい目で見守っていた。
「で、提督さん。誤魔化さないで本題に入りなさいよ」
キャルルはトンファーの柄を握り直し、鋭い視線を向けた。
「ウチらが、他の超大国じゃなくて『日本』を選ぶ理由。……納得できなきゃ、この飴玉ごとアンタたちを叩き出すわよ」
「ああ、答えよう」
坂上はエプロン姿のまま、どっかりと広場の木箱に腰を下ろした。
そして、かつて出雲艦隊を率いて海を睨んでいた時の、冷徹な司令官の眼光で三人を射抜いた。
「もしアンタらが、アメリカや中国といった他の大国と手を組んだとしよう。奴らは確かに金も武力も桁違いじゃ。だがな、奴らを招き入れれば、数年後にはこの美しいポポロ村の景色は一変するぞ」
「……どういうことや?」とニャングルが身を乗り出す。
「奴らは『前線基地』を作る。広大な森を切り拓き、コンクリートで大地を固め、軍用機が四六時中飛び交う巨大要塞を築くじゃろう。そして、アンタら村人を『保護』という名目で管理し、最終的には村の自治権ごと飲み込んで同化する。……超大国とは、そういう生き物じゃ」
キャルルの顔から余裕が消え、リバロンの耳がピクリと動いた。
強大な力を持つ国が、弱小の村をどう扱うか。彼らも大陸の覇権争いの中で嫌というほど見てきた現実だ。
「だが、我が『日本』は違う」
坂上は自分の胸、日の丸のワッペンを親指で指し示した。
「我が国はな、法によって『他国を侵略してはならない』と厳しく縛られとる。これを『専守防衛』と言う。軍隊ですらない、ただ国を守るためだけの組織(自衛隊)なんじゃ」
「……他国を、侵略できない?」
「そうじゃ。俺たちは、法的にこの村の領土を奪うことも、武力で支配することもできん。基地を作るにも、アンタらの許可と厳密な契約が絶対条件になる」
坂上は立ち上がり、両手を広げてポポロ村を見渡した。
「つまりじゃ。ウチと契約すれば、この村の景色も、のどかな生活も、アンタたちの『自治権』も、1ミリたりとも傷つくことはない。日本はただ、この村の入り口に『ゲート』を置かせてもらい、商売の仲介をするだけ。そして……」
坂上はキャルルを見下ろし、ニヤリと老獪な笑みを浮かべた。
「地球側からの脅威は、地球の海で俺たちが完全にシャットアウトする。この村を大陸の紛争から守る、もっとも安全で、もっとも『都合のいい番犬』になる。……お互いの領土を奪い合わず、純粋に『金と利益』だけで結びつけるのは、法に縛られた我が国だけじゃ」
広場は、風の音すら聞こえないほどの静寂に包まれた。
圧倒的な兵站力と、美味すぎる食事。
その裏にある「侵略の牙を持たない(持てない)」という、法による究極の保証。
強者でありながら、自ら首輪を差し出して「番犬にしろ」と持ちかけてきたのだ。
「……なるほど。完璧な論理です」
沈黙を破ったのは、執事のリバロンだった。
「強すぎる力は、時に庇護対象すら焼き尽くす。ですが、自ら『法』という枷を嵌めている国であれば話は別。……村長。彼らはただの業者ではありません。我が村を『特区』として活かすための、最良のビジネスパートナーかと」
「ワイも賛成や! アメリカはんと組んで村が基地になったら、地価が大暴落してまう! 専守防衛、バンザイやで!!」
ニャングルが算盤を頭上に掲げて叫ぶ。
二人の側近の言葉に、キャルルは口の中の苺ミルク飴を小さく噛み砕いた。
……甘い。これほど都合が良くて、甘い話があるだろうか。
「……アンタの口の上手さは、よく分かったわ」
キャルルはトンファーを背中のホルダーに収め、両腕を組んだ。
「その『専守防衛』って契約、悪くないわね。……いいわ。日本の『出島』として、ウチの村を独占的に使わせてあげる。その代わり、少しでも約束を破ったら、容赦なく首輪を引きちぎるからね」
「ああ。大日本帝国の名にかけて、誓おう」
坂上が安堵の息を吐きそうになった、その時だった。
『——警戒! ポポロ村の北北西、距離3000! 未知の魔力反応、急速接近中!!』
上空で旋回待機していた雪之丞のF-35Bから、切羽詰まった通信がCIC経由で叩き込まれた。
「何じゃと!?」
信長が即座に無線のスイッチを入れる。
『熱源探知……いや違う、これは……虫だ! デカい虫の群れ! しかも、何体かは人間に擬態してやがる! ルナミス帝国の領土側から、この村に向かって一直線に飛んでくるぞ!!』
その報告を聞いた瞬間、キャルル、リバロン、ニャングルの表情から「交渉人」の顔が消え去り、純粋な「戦士」の顔へと変貌した。
「……擬態型の『死蟲機』。ルナミスの連中、ウチが地球と接触してるのを嗅ぎつけて、ちょっかい出しに来たってわけね」
キャルルは舌打ちをすると、鋭い眼光を坂上へと向けた。
「提督さん。さっき『都合のいい番犬になる』って言ったわよね?」
「……ああ、言ったな」
「なら、見せてもらうわ。日本っていう番犬の、その『牙』の鋭さをね」
坂上はエプロンを勢いよく脱ぎ捨てると、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
「任せとけ。……信長! 雪之丞! 実技試験の時間じゃ!! 決して手は抜くな、我が国の『面と点』の暴力、異世界の目に焼き付けてやれ!!」
『了解!!』
平和なカレーの宴から一転。
ついに、現代のテクノロジーと異世界の殺戮兵器が激突する、ハイブリッド・ウォーの火蓋が切られようとしていた。




