EP 10
永田町のタヌキと、裏口のネズミ
時間をわずかに遡る。
坂上がポポロ村の広場で「金曜日カレー」のプレゼンをぶち上げ、村中の視線がそれに釘付けになっていた頃。
村の裏手に広がる静かな果樹園の影で、二つの「見えざる手」が交差していた。
「——手遅れになる前に、ウサギの村長を確保する。日本(JSDF)が提示した以上のカネと武器を約束し、この村の利権をワシントンへ持ち帰るぞ」
最新の光学迷彩マントを羽織った、CIA(米中央情報局)の特殊工作部隊、計4名。
彼らはサプレッサー付きのM4カービンを構え、広場から離れた村長の家屋へと忍び込もうとしていた。
だが、彼らが屋敷の裏口に手を掛けようとした、まさにその時。
「おや。我が村の『裏口』は、ネズミの通り道ではありませんよ」
背後から、ティーカップの触れ合う上品な音が響いた。
工作員たちが一斉に振り返ると、そこには漆黒の燕尾服を着た人狼の男——リバロンが、銀色のトレイにティーセットを乗せて静かに佇んでいた。
「……ッ! 撃て!」
リーダー格の男が引き金を引く。
だが、銃弾が放たれるよりも早く、リバロンのネクタイがスルスルと解け、空中で「真っ直ぐな刃」のように硬直した。
『闘気剣』。
シュパァン!!
音を置き去りにした一閃。
工作員たちが構えていた四丁のライフルは、銃身から真っ二つに切断され、彼らの防弾ベストには、皮膚を紙一重で傷つけない絶妙な深さの「一文字の切り傷」が刻み込まれていた。
「な、なんだと……!?」
「日本という国は、カレーの作り方は心得ていても、裏庭のネズミ捕りには少々不慣れなようですね。大家として、少し掃除を手伝わせてもらいましょうか」
リバロンはネクタイを締め直すと、ティーポットから紅茶を注ぎながら、優雅に微笑んだ。
果樹園の奥には、彼らが来る前に潜入を試みた「中国・国家安全部の工作員」たちが、すでに全身を縛り上げられ、白目を剥いて転がっていた。
「さあ、紳士の皆様。大人しく縛られていただけますね? ……それとも、この熱い紅茶を、貴方たちの眼球に注ぎ込む『熱いサービス』がお望みですか?」
ポポロ村の絶対的な防衛力は、表のキャルルだけではない。
裏の「影の処理」においても、地球の謀略部隊を完全に圧倒していた。
同時刻。東京・赤坂の料亭、極秘の奥座敷。
畳の部屋に、対極的な二つの煙が混ざり合っていた。
甘く重い『ピース』の煙を吐き出す若林幸隆幹事長と、無濾過の『ラッキーストライク』を燻らせる在日米軍トップ、ジャック・フォークナー大将である。
「……タヌキ親父め。おたくの自衛隊が、新大陸の『ポポロ村』と接触しているそうだな。どういうつもりだ」
フォークナーが、鋭い鷹のような目で若林を睨みつける。
「ほう? ジャック、あんたも耳が早いのう。……ていうか、あんたんとこのCIAも、今頃その村の『優秀な執事』に縛り上げられとる頃じゃろ」
「なんだと?」
若林がニヤリと笑うと、フォークナーの表情が微かに険しくなった。
「出し抜くつもりはないんじゃよ。ただ、このビジネスは『専守防衛』の看板を持っとるウチ(日本)にしかできん。……アメリカが前面に出れば、あのウサギの村長は絶対に首を縦に振らん。結果、中国やロシアが漁夫の利を狙って泥沼じゃ」
若林は、机の上の『孫子』をポンと叩いた。
「『戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり』。……ジャック。日本がポポロ特区の独占権を握る。その代わり、大陸から入ってくる『魔石』や『未知の技術』の優先購入枠を、アメリカに3割譲ろう。悪い話じゃあるまい?」
フォークナーは、灰皿にタバコを押し付けながら鼻で笑った。
「カオスな世界だ。まさか、あの小国・日本が、太平洋の真ん中で『関所』の胴元になるとはな。……いいだろう。アメリカ(第七艦隊)は、お前らの背後で中露を睨む『用心棒の用心棒』になってやる」
フォークナーは立ち上がり、軍帽を被り直した。
「だが、若林。ビジネスの基本は信用だ。お前ら日本の『武力(自衛隊)』が、あの狂った異世界で本当に通用するのか。……その『番犬としての牙』が本物かどうか、見せてもらうぞ」
「カッカッカ! 心配すんな。ウチの猛犬どもは、今ちょうど『実技試験』の真っ最中じゃけえ」
若林が豪快に笑い飛ばした直後、彼のスマートフォンに防衛省からの緊急暗号通信が入った。
再び、ポポロ村の中央広場。
『——死蟲機、数はおよそ20! 航空型(死蝿型・死蜂型)と重装甲の地上型が混在! 距離2000、真っ直ぐこちらへ向かっています!』
雪之丞からのアラートが鳴り響く中、裏庭の「掃除」を完璧に終えたリバロンが、何事もなかったかのようにキャルルの傍らに戻ってきた。
「村長。裏口のネズミ(米中工作員)は全て縛り上げ、倉庫に放り込みました。……で? 表の『害虫』の駆除は、どうなさいますか?」
リバロンの報告を聞き、キャルルは背中のダブルトンファーを引き抜いた。
その視線の先では、エプロンを脱ぎ捨てた坂上提督が、通信機に向かって吠えていた。
「雪之丞! 対空ミサイルは使うな! 相手の魔力障壁の硬さが分からん! 接近して、精密誘導爆弾と機関砲で上空のハエどもを叩き落とせ!」
『イエッサー! やっと俺の出番っすね! 給料アップ、期待してますよ!』
「信長! お前は地上で重装甲のムシを足止めしろ! 村には指一本触れさせるな! キャルル村長、トドメはアンタに任せる! ええな!?」
坂上の指示に、信長は小銃(リバロンに切られていない予備の武器)ではなく、背中に負っていた「北辰一刀流の真剣」を抜刀し、低く構えた。
キャルルもまた、トンファーを胸の前で交差させ、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべる。
「いいわよ。日本の番犬さんの実力……特等席で見せてもらうわ!!」
夜空を切り裂くF-35Bのジェット音。
迫り来るルナミス帝国の異形の生体兵器。
地球とマントルシア大陸、初の「共同戦線」が、ここに幕を開けた。




