EP 11
最終テスト、天才たちの電子戦
夜空を真っ二つに裂くような、禍々しい羽音がポポロ村に迫っていた。
「……ありゃあ、ルナミス帝国が裏で飼っとる『死蟲機』やな。厄介なモン連れてきよって」
商人のニャングルが、暗視ゴーグルなど無くとも暗闇を見通す猫の目で上空を睨む。
距離2000。月明かりに照らされて姿を現したのは、生物の有機組織と古代魔導機械が融合した異形の群れだった。
時速300キロで致死の毒針を射出する『死蜂型』と、羽音で精神を削り特攻を仕掛ける『死蝿型』の編隊である。
彼らは統率の取れた動きでポポロ村の上空に殺到し、村を火の海にするための陣形を展開し始めた。
「提督さん。ウチの自警団(ボーガン隊)を出そうか?」
キャルルがトンファーを構えながら問うが、坂上は腕を組んだまま首を横に振った。
「不要じゃ。村長たちはそこで、特等席のショーを楽しんどってくれ。……蘭! 奴らの『目』を潰せ!」
坂上が通信機に向かって叫んだ瞬間、地球側の「3億円の頭脳」が牙を剥いた。
護衛艦『いずも』CIC。
特A級AIエンジニア、早乙女蘭は、激甘のチョコレートをボリボリと齧りながら、キーボードを超高速で叩いていた。
「はいはーい。魔力波長、解析完了。……なんだこれ、ショボっ。それぞれの個体が『親玉』から発信される特定の魔力周波数でデータリンクしてるだけじゃん。セキュリティ、ガバガバだよ」
魔法という未知の力であっても、それが「通信」である以上、波長が存在する。
蘭が開発した次世代戦術AIは、すでに死蟲機たちの「魔力ネットワーク」を完全にハッキングしていた。
「それじゃ、戦術AI、いっちょ派手に『ゴミデータ』を送りつけてやりなさい」
蘭がエンターキーを叩き込んだ瞬間、『いずも』の巨大なレーダー群から、強力な指向性電波(妨害信号)が発射された。
『——ギギ、ギギギギギッ!?』
上空の死蟲機たちに異変が起きた。
彼らの魔導回路に、地球のスパムデータ(極めてノイズの強い電子信号)が強制的に叩き込まれたのだ。
「敵を攻撃しろ」という命令を受信していたはずの死蟲機たちは、突如として方向感覚を失い、空中で互いに衝突し、あるいは錐揉み回転をしながら墜落していく。
「……魔法陣も描かず、呪文も詠唱せずに、敵の『精神網』を破壊した……!?」
リバロンが、ティーカップを持ったまま戦慄した。
「すごいわ……。一瞬で群れの動きがバラバラになった」
キャルルもまた、空を見上げてウサギの耳を震わせている。これが、地球の誇る「電子戦」の威力だった。
「さーて、雪之丞! 奴らのレーダーは完全に死んだよ! あとはアンタの仕事!」
蘭の通信を受け、夜空のさらに上空、高度1万メートルで待機していた「怠惰なる天才」が動いた。
『あーあ、早くシャワー浴びてビール飲みてぇ。……サクッと終わらせるか』
F-35Bのコックピット。
平上雪之丞1等空尉は、欠伸を噛み殺しながら操縦桿を握った。
敵は完全に統率を失い、空中で右往左往するだけの「的」に成り下がっている。
『目標、再捕捉。……ペイロード展開』
雪之丞は、機体のウェポンベイ(兵器庫)を開いた。
搭載されているのは、GBU-53/B「ストームブレイカー」。移動目標であっても天候に左右されず、数十キロ先からピンポイントで命中する小直径精密誘導爆弾だ。
『ファイア』
ポチッ、と。
まるでゲームのボタンを押すかのような軽い動作で、雪之丞は爆弾を投下した。
数秒後。
ポポロ村の住人たちは、自分たちの頭上のはるか遠く——「敵の魔法が絶対に届かない安全圏」から、炎の雨が降り注ぐのを目撃した。
ズドドドドドドォォォォン!!!
空中で大爆発が連鎖する。
混乱していた死蜂型と死蝿型の群れは、迎撃する間も無く、圧倒的な「面」の暴力によって一瞬で焼け野原となり、灰となって消え去った。
「……なんやアレ……」
ニャングルが算盤を取り落とす。
「姿も見えん空の彼方から、一瞬で敵の群れを消し飛ばした……。あんな攻撃、どんな防壁魔法張ったって防ぎきれるわけないやんけ……!」
彼らがこれまでに知る「戦争」とは、軍勢が向かい合い、弓矢や魔法を撃ち合うものだった。
しかし日本(地球)の戦争は違う。
相手の目を潰し、相手の攻撃が届かない場所から、一方的に致死の雨を降らせる。個人の武力など一切関係ない、冷酷な「システム」による蹂躙。
「……これが、地球の『番犬』の力……」
キャルルは、夜空に咲く爆炎の花火を見上げながら、ゴクリと唾を飲み込んだ。
もしあの火力が、自分たちの村に向けられていたとしたら。そう想像するだけで、月兎族の勘が「絶対に勝てない」と警鐘を鳴らした。
だが、ショーはまだ終わっていなかった。
ドスゥゥゥン!!
空中の爆発を抜け、焼け焦げた3つの巨大な質量が、ポポロ村の広場の端に落下してきたのだ。
「チッ。やはり、あの重装甲は爆風だけじゃ抜けんかったか」
坂上が舌打ちをする。
炎の中から現れたのは、装甲車ほどの大きさを持つカブトムシの異形——『死甲虫型』だった。
ヴィッカース硬度1500を超える超硬質の外殻は、誘導爆弾の爆風と破片すら弾き返し、その赤い複眼で「地上の敵」をギョロリと睨みつけた。
「雪之丞の『面』の制圧はここまでじゃ。キャルル村長、残りの3匹、アンタの力で……」
坂上が言いかけた、その時だった。
「親父! 俺の出番を忘れてもらっちゃ困る!!」
坂上の横を、凄まじい踏み込みで駆け抜ける影があった。
背中の大太刀(真剣)を抜き放ち、死甲虫型の前に立ちはだかったのは、陸上自衛隊・第一普通科連隊の坂上信長だった。
「さっきはウサギの姉ちゃんに手も足も出なかったが……相手が『鉄の塊』なら話は別だ!!」
信長は、隆起する筋肉で日本刀を上段に構え、巨大な化け物に向かって咆哮を上げた。
空の『面』の制圧から、地上の『点』の暴力へ。
日本の筋肉の真価が、今、試されようとしていた。




